たまに日本に里帰りをして、初めて合う人に、「私はイタリアに住んでいます」、というと「それは大変ね」とか「うらやましいわ」という答えが返ってくる。イタリアにいようが日本にいようが、なにもかもが順風満帆などという人生はないので、私は特に自慢もしないし卑下もしない。

私はイタリア人と結婚し、娘と夫と3人でローマ近郊に住んでいる。国際結婚など昨今では珍しいことではないし、いくら正式に結婚していても、外国人として生きていくのは楽ではない。日本と比べれば不便が多いイタリア暮らしに耐えられるのは、美しい景色がありおいしい食べ物があり天才たちが残した芸術品がイタリアにはあるからだ。

 

「イタリアに住んでいるなんて羨ましいわ」と答える人には、チーズやワインが大好きという人が多い。私自身は下戸なので、イタリアのワインの味がわからないのは非常に残念なことだと思っている。夫は出張に行く先々でその土地のワインを味わってくるが、妻の私が下戸なのでめったにおみやげとしてワインを買ってくることはない。

ところが先日、夫は北イタリアのヴァルドッビアーデネなる街に出張した。スマホに送られてきた写真には、美しい丘陵地帯に一面ブドウ畑が広がっており、その合間に点々と小企業の事務所や工場が見える。小規模な企業にもかかわらずその競争力はドイツや日本の同業者と肩を並べるほどのレベルなのだ、と夫は語ってくれた。

フランスでは「シャンパン」といわれるスパークリングワインは、イタリアでは「プロセッコ」と呼ばれており、ここ数年でその出荷量はシャンパンを抜いて世界一位となった。しかし「プロセッコ」と名乗るためには厳しい条件がある。その一つがプロセッコの原材料となるブドウの原産地で、ヴァルドッビアーデネはプロセッコの原料となるブドウの主要原産地なのである。

 

 

普段はおみやげ用のワインを購入もせず、衝動買いとも縁遠い夫が、食事をしたワイナリー兼レストランで6本もプロセッコを買ってしまった理由は、そのワイナリー「ボルトロミオル」がプロセッコの中でもハイブランドと呼ばれる「ブリュ」を初めて作り始めたワイナリーであったからだそうだ。なんでも、ブリュを生産するブドウは非常に糖分が多く、ワイン製造業者はかつては「絶対にあのブドウからワインなどできない」と言っていたのだという。ところが、ボルトロミオル家の何代か前の当主は試行錯誤を重ねて、この甘いブドウから泣く子も黙るブリュを生み出したのだった。

夫はお酒は好きであるが、銘柄にこだわるタチではない。イタリアやヨーロッパ各地を訪れても、レストランの給仕や主が薦めるワインやビールを飲み、郷土料理を食べて満足するのが常である。しかしこのプロセッコだけは、下戸の妻にまで飲ませたいと思うほどの美味であったそうな。イタリアでは、プロセッコはお祝い事などの際に開けるものなので、私はまだ味わっていないのだけど。

 

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世界に冠たるイタリア料理を生み出した国であるから、イタリア人は食べ物の話題が大好きである。

私は歴史が大好きなのだけど、大局的な歴史を読むよりも、当時の人々の生活をのぞき見るのが趣味だ。

現代も世界中から観光客をイタリアに呼び寄せているルネサンスの天才たちも、食べ物に関するエピソードには事欠かない。

万能の天才と呼ばれたレオナルド・ダ・ヴィンチや、90歳近くまで創作意欲が衰えなかったミケランジェロも例外ではない。

 

レオナルドとミケランジェロの不仲は有名であったが、二人は中部イタリアのトスカーナの出身だ。花の都フィレンツェを県都にもつトスカーナは、キャンティなどのワインやチーズがおいしいことで有名である。幼い頃からチーズを食べて育ったであろう二人は、その好みも非常に微にわたっていた。

まずレオナルドだが、彼が愛したチーズの名は「モンテボーレ」と呼ばれるものだ。レオナルドが仕えていたミラノ公爵の結婚披露宴にも登場したこのチーズ、アペニン山脈周辺のリグーリア州やピエモンテ州では古くから食されており、非常に癖のあるチーズであったと伝えられている。

 

Jen Lopezさん(@mmmonger)が投稿した写真

 

牛の乳を70%、羊の乳を30%使用したこのモンテボーレは形状も独特で、ヘビがとぐろを巻いたような形をしている。レオナルドの大好物であったモンテボーレは、その後姿を消してしまった。ところが10年ほど前に、ピエモンテ州アレッサンドリアでこのチーズを再考させようという試みが始まり、現在はモンテボーレのチーズはイータリーで入手可能となった。ただし、生産量は非常に少ないらしい。

レオナルドに対抗心を抱いていた気性の激しいミケランジェロが愛したのは、「カッチョッタ・ディ・ウルビーノ」というチーズである。マルケ州産のこのチーズは、若草のみを食した羊の乳を使った貴重なものであったようだ。羊のチーズは日本人にはかなり臭いが鼻につくが、トスカーナ出身の私の姑などは大好きだ。若草だけを食した羊の乳、というからにはとてもデリケートな味だったのだろうと思う。

ミケランジェロはこのチーズが欠品してしまうことをおそれて、1554年にチーズを生産するための羊と牧草地を借りたという記録まで残している。

「食力は気力」とは、わが母の口癖であるが、天才中の天才と呼ばれた二人であるだけに、作り出す作品と同様に食べ物にもこだわりがあり妥協ができなかったのでは、と私は勘ぐっている。

 

私が住むローマの代表チーズは「ペコリーノ」と呼ばれるもので、やはり羊の乳を使ったものだ。塩気もきいているので、パスタの味付けが物足りない、などという時には削ったペコリーノチーズを振りかける。しかし、この癖のあるチーズを実家の母は毛嫌いしている。

私が住む街の近くで週一回開催される農家直売市場では、牛の乳のみを使ったチーズの屋台が登場する。おじさんはやたらに味見をさせたがるが、羊のチーズに慣れた私たちには牛の乳のチーズはなんだか物足りない。淡泊すぎるのだ。特にパニーノというイタリア風のサンドイッチには、ちょっと塩気がきいたサラミや生ハムやチーズを入れるのだけど、牛の乳のチーズを入れても味気ないことこの上ない。思うに、ちょっと味の強いチーズは、日本の漬け物と同様の役割をしているのだろう。

牛の乳のチーズの代表は、パルミジャーノ・チーズだろう。このチーズを発明したのは、なんとカトリック教会のお坊さんたちなのだ。1200年代、灌漑技術を完成させたお坊さんたちは、広大な牧草地の確保に成功して大量の牛の放牧が可能になった。パルミジャーノチーズは牛の乳が凝縮しているので、大量の乳が確保できないと生産不可能のチーズなのである。淡泊な牛の乳のチーズのなかで、このパルミジャーノチーズだけはパンに挟んで食べても十分な塩気とうまみを感じることができる。

 

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レオナルド・ダ・ヴィンチはヴェジタリアンだったという噂は、現在でもよく聞く。

星の数ほど存在するレオナルドの研究者たちの説はまちまちで、私自身はレオナルドのヴェジタリアン説はあまり信じていない。というのも、彼が残した手稿やデッサンには、肉をローストする機械があったりカエルの煮込みをラッファエッロに伝授したという言伝えもあるからだ。

イタリアではここ数年、ヴェジタリアンやヴィーガンが急増している。サラミや生ハムなどおいしい加工肉も多いイタリアだが、その消費が多いエミーリア・ロマーニャ州の癌の発生率が高いことがニュースになったり、加工肉自体に発ガン性があると伝えられたことも一因だろう。

しかし、もしヴェタリアンになったとしても、それほどつらい思いはしないのがイタリアである。実を言うと、私の夫はヘルニアで腰痛に苦しんだ時期があり、おなかの肉を落とすために栄養学の医師のもとに通いダイエットを行った。肉は週に2回ほどで80グラムに抑えられていたが、その代わりに奨励されたのが豆類だ。豆は腹持ちがいいし、イタリアはかつては庶民が豆類を常食にしており、レシピも多いので飽きないのだ。レオナルドの故郷であるトスカーナ周辺は肥沃な土壌のためか野菜自体がおいしい。芸術家ばかりでなく、文学者のボッカッチョもトスカーナ産の甘い赤タマネギを愛していたそうだ。

お肉を食べない、というとなにやら禁欲的で悲壮な決意の末のようなイメージがあったのだが、実際にはイタリアはヴェジタリアンには生活しやすい国である。ローマ市内にはヴェジタリアン・レストランも数多く存在するし、普通のレストランにも「V」のマークがつくヴェジタリアン用のメニューがあるところが多くなっている。

 

現代病と呼ばれる癌の増加で肉の消費を控えようという動きが活発であるが、食生活が今ほど豊かでなかった時代には肉は貴重品で身分の高い人のみが日常的に食すことができるものであった。

ミケランジェロは、本業は彫刻家である。ノミやトンカチをつかい巨大な彫像を作り上げるのだから、立派に肉体労働者といっていいだろう。そのせいか、ミケランジェロの好物として必ず名前があがるのが「ラルド・ディ・コロンナータ」と呼ばれるラードである。といっても、カロリーばかり高いそんじょそこらのラードではない。ミケランジェロが溺愛したこのラルド・ディ・コロンナータは、美しい純白の大理石の生産地であるカッラーラの名産であった。彫刻の材料となる大理石の検分に自らカッラーラに赴いたミケランジェロが、このラードを見つけて生涯愛したと想像される。

 

 

ラルド・ディ・コロンナータは、豚の脂と香草、香辛料を真っ白な大理石の箱に入れ、6ヶ月熟成したものなのだ。もちろん熟成期間が長くなればなるほど高価になり、1年熟成はもちろん、ミケランジェロの時代には5年熟成という超高級品も存在していた。

このミケランジェロ御用達のラードは、450年後の現在も存在している。現在でもかなり高価な食材で、薄切りにしたラードをかりかりに焼いたパンの上に乗せていただくと、それこそ口の中で溶けるような食感なのだ。

89歳という長寿をまっとうしたミケランジェロは、その生涯に膨大な数の作品を残したが、精力的な創作活動を支えた裏には彼のこだわりの食生活があったのだと想像するのもまた一興ではないだろうか。