Scene 4

 

「Amazon Fashion Week TOKYO」のビジュアルでラッピングされた9階に下りると、窓際にはすでに長い列が出来ていた。その手前では、WEB媒体(※18)などのスナップチーム(※19)が何組もいて、獲物を見つけては声を掛け撮影している。有名な人や目立つ人には、スナップを撮りたい媒体の順番待ち(※20)が出来る。撮影しているカメラマンの中には、アルバイト(※21)のような若い人の姿も多い。おそらくプロのカメラマンを使うのは、メジャーな雑誌ぐらいではないのだろうか?

 

サオリがスナップされている。お声が掛からなかった私は、稲葉と2人で先に列に並んで待った。並ぶのは好きじゃないが、ここは壁一面がガラス張りになっていて見晴らしがいいので、あまり気にならない。ガラス越しに渋谷の街が一望できる。真下には再開発中の渋谷駅。その奥にQFRONT(※22)を始めとしたマルチビジョンが並び、足元のスクランブル交差点にはアリンコのような群衆が無秩序にうごめいている。さらに向こうに目を移すと、夕焼けを背景に立つ109(※23)があり、日が暮れはじめ薄暗くなった道玄坂と東急本店通りが両脇にのびる。

 

普段よく歩いている場所を高いところから見下ろしていると、ふと不思議な気分にとらわれる。思わずそこを歩いているはずの自分を探してしまう。楽しそうにおしゃべりしながら歩く3人組のOLたちや、これから飲み会に繰り出す大学生の集団、疲れた表情で背中を丸め、足早に歩く会社員。いつも私とすれ違っている人達。話しをしたこともない、一生接点を持たないアカの他人たち。しかしここから見てると、そこにいる全ての人間が1つの生命体のように見える。私もきっと、その細胞の1つなんだ。(※24)

 

スナップを終えたサオリが、かすかに興奮した様子で戻ってきた。

「ヤバい! ちょっと楽しくなってきた。ファッションウィークってすごいですね!」

実はそれほどファッションに興味のない私も、最初はそう思った。たぶんここにいる半分ぐらいの人達は、どのデザイナー(※25)がどんな服を発表するかということよりも、この会場の華やかな雰囲気や、周りのオシャレな人との同族意識のようなものでテンションが上がっているのではないのかと思う。

 

(※18) WEB媒体 : 紙媒体と比べ、その参入障壁の低さから玉石混合状態。その価値はやはりGoogleに大きく左右される。アクセス数を稼ぐ為に、ユーザビリティーを犠牲にしてでも、サマリー挟みと言われる余計な1クリックを取らせる手法を未だに採用しているサイトも存在する。近年はバイラルメディアと言われる、他所のコンテンツを集めたサイトも多く、しかも検索上位に表示される事もあって問題視されている。

(※19) スナップチーム : だいたい2〜3人のグループで構成。撮影係とアンケート係などに作業が分担されるが、プロではない場合はその業務は兼任される。プロかどうかは、楽しそうにしてるかどうかで見分けられる。

(※20) 順番待ち : たまに街で見かける、シニアを対象とした写真サークルがあるが、それと同じ現象がここでも見られる。一人がある被写体を見つけると、皆で同じものを撮る現象だ。日本人の協調性がよく現れているとも言える。

(※21) アルバイト : WEB媒体は予算がないので、外注やアルバイトでしのぐパターンが多い。ファッションスナップなどは、報酬なしでもやりたい人がいるらしい。

(※22) QFRONT : こちらも東急グループの施設。TSUTAYAの旗艦店とスターバックスがメインコンテンツ。渋谷の待ち合わせ場所としてのランドマークとなっている。

(※23) 109 : 言わずと知れた渋谷109。こちらも東急グループ。かつてはギャルの聖地とされ、多くのカリスマ店員を生み出すなど一時代のカルチャーを牽引した。伝説のマジックミラー号がロケをしていた事でも有名。

(※24) 細胞の一つ : 『新世紀エヴァンゲリオン』の人類補完計画を参照されたし。

(※25) デザイナー : 東コレはメジャーなブランドより、新進のブランドの参加が目立つ。

 

Scene 5

 

今はYouTubeで海外のコレクションや、会場まわりの様子などを見ることが出来る。(※26) それらと比べてしまうと東京は地味に感じる。そういえばちょっと前にVogueの人がインフルエンサーを批判して話題になっていた。(※27) それに対して、著名なインフルエンサーが反論をしていたのだが、客観的に見ればどちらの意見もごもっともにも思えるし、どちらも見当違いのようにも思える。結局おなじ穴のムジナにしか見えなかった。

 

私たちが見たショーは、今回が東コレ初だという期待のブランド(らしい)だった。よく海外のコレクションで見かけるような、こんなのどこで着るの?(※28) という突飛なものはなく、みんな普段着れるようなものばかり。カッコいいとは感じたが、しょせん私にはその良さは分からなかった。

 

ホールの外側のスペースが即席のパーティー会場(※29)になっている。お酒やソフトドリンクが無料で振るまわれ、みなお喋りの花を咲かせている。がぜんヤル気になった稲葉は、RedBull(※30)2本と缶ビールを手に取り、RedBull2本をカバンにしまってビールを開ける。

私とサオリは、シャンパングラスに入った日本酒(※31)で乾杯した。するとサオリが、「エナさん、あそこ見て。古川さんいますよ」というので目を向けると、一月前に別れた古川がそこにいた。古川の隣には真っ赤なドレスを着た女性が寄り添うように立っている。

「あの女の人派手ですね〜。モデルですかね? チョーちぐはぐでウケる!」と言って、サオリは楽しそうに笑った。

 

(※26) コレクション映像 : 今は家に居ながら、ショー直後にその映像を見られるようになった。ライブストリーミングで放映するブランドも見られる。ラグジュアリーブランドの規模感は別物。 同時に会場周りでのスナップ合戦も熾烈を極める。

(※27) Vogue : ヴォーグはファッションメディアのトップに君臨する媒体で、ファッション界にもたらす影響力は絶大。アメリカ版Vogueの編集長アナ・ウィンターは、映画『プラダを着た悪魔』の編集長のモデルとなっているのは有名である。大物デザイナーやフォトグラファーもアナには頭が上がらない。そのVogueのWEB版のエディターの座談会で、一人がインフルエンサーを痛烈に批判した。すぐさま著名なインフルエンサーがSNSで反論し、醜い争いが繰り広げられた。ネットでは出来レースとの見方も。

(※28) どこで着るの : ショーでは、ショーピースというショーでだけ披露される服がある。主にコレクションのコンセプトを表すために用いられるため、現実離れしたものが多くほとんどが販売はされない。しかし予算の少ないブランドでは厳しい問題である。

(※29) パーティー会場 : 東コレ中その日の最終プログラムが終わったあとに、コミュニケーション・パーティーが用意される。ジャーナリストがデザイナーに話しを聞いたり、商談を促進するのが狙いだが、ダラダラと長居するのは必然的にヒマな人という謎の時間。ここで一杯ひっかけて知人を見つけ食事に行くのが定番。

(※30) RedBull : 世界中で販売されるエナジードリンク。スポーツイベントや音楽イベントなども頻繁に開催している。元気が出るかどうかはその人次第。本気で疲れている時は500円以上の栄養ドリンクの投与が望ましい。日本上陸直後はウォッカとまぜて飲むと、酒+αの効果があるとの情報もあったが単なる悪酔いでは? というのが実感。

(※31) 日本酒 : 東コレ期間中、いくつかのドリンクが無料で提供されているが、その一つに旭酒造の純米大吟醸酒「獺祭」がある。モンドセレクション最高金賞に輝いたコダワリの日本酒だ。パーティーではスパークリングタイプの「獺祭」が振る舞われる。ちなみに「新世紀エヴァンゲリオン」の葛城ミサトが愛飲している事でも有名。

 

#この物語はフィクションです。