シェンゲン圏。そのボーダーラインの高さ

 

シェンゲン圏内の国境では入国審査がない分、シェンゲン圏外からシェンゲン圏内へと入る時には、厳重なチェックがある。

 

日本からドイツやフランスなど、シェンゲン協定に加盟している国に旅行に行った人ならば、空港のパスポートコントロールの行列を思い出すことができるのではないかと思う。

 

とは言っても、有効なパスポートや滞在許可、ビザを所持している場合は、ほとんど何も聞かれることなく、写真と顔をちょっと見比べられた後、すぐにポン、とパスポートに判子が押されて入国が許されるわけで、普通に旅行をしている分にはトラブルに巻き込まれてしまうことはまずない。

 

ただし、パスポートや滞在許可、ビザの内容に不透明なものがあったときは話が別である。

オーストリアに留学している日本人留学生は、とくに災難に会うことが多い。

 

通常シェンゲン圏内に滞在許可無しで滞在できる期間は3か月と決まっている。

ところが、オーストリアと日本の間には二国間の協定があって、日本人は滞在許可無しでオーストリアに6か月間滞在することが可能なのである。

 

つまり日本人が旅行者として、滞在許可無しにオーストリアに6か月滞在するのは全く問題がないのだが、その後ドイツなどのシェンゲン協定加盟国の空港を経由して日本へ帰国しようとしたりすると、そこで超過滞在とみなされて止められてしまう。

 

また、オーストリア以外のシェンゲン圏内で3か月過ごし、その後3か月をオーストリアで過ごそうする人たちも、トラブルに巻き込まれることが多々ある。

 

飛行場で働いている人たちは、自国のルールのことは知っていても、オーストリアと日本の協定について知らないことが多いので、「シェンゲン圏内ですでに3か月過ごしたのだから、オーストリアに行かせることはできない」、と日本に送り返そうとしてくるのである。「日本人はオーストリアに6か月滞在できるんだ」と訴えたのにも関わらず、拘束されてしまった友人も知っている。

英語や現地の言葉ができる人はまだいいが、そうでない場合は本当に悲惨である。

 

今年11月16日には欧州委員会で、現在渡欧するにあたってビザの必要がない国民も、今後は事前にインターネット経由で渡欧の事前承認を義務付ける方針が示された。

「欧州渡航情報認証制度(ETIAS)」と呼ばれるこの新制度は2020年にも実施されるそうで、欧州への旅にひと手間が増えることになりそうだ。

 

こんな風に、私たちにとってややこしく、時にトラブルの原因となる厄介なシェンゲン圏でのボーダーコントロールも、テロが相次いで行われるようなこのご時世にはどうしても必要なものなのである。だから少し厳しいくらいでも仕方がないのかもしれない。何しろ、一度この境界線を越えたら、26か国の行き来が自由なのだから。

 

しかし、シェンゲンに加盟している26の国全てが、同じ厳重さでボーダーコントロールをしているかというと実はそうでもなく、入国審査が厳しい国もあれば、甘い国もあるのである。

 

ここには若干難民問題も絡んでいて、2011年に勃発したシリア内戦以降、爆発的に増えた難民がたどり着く場所である、ギリシアやイタリアなどの小さな島では、まとも入国審査ができない状況なのだという。

 

オーストリアと難民問題

 

「内戦のせいで、安全に住める環境を失う人がいる。病気になっても病院に行くことすらできない。病院は爆弾で破壊されてしまっているからだ。子供たちは学校に通うことだってできない。そういう人たちはどうすればいい?難民になるしかないじゃないか。彼らは私たちと同じ人間なんだ。人間なんだよ。私たちは彼らを助けるべきだ。オーストリアはカトリックの国だろう。病気でありながら治療も受けられない子供たちを見捨てることなどできない。」

 

「実際難民としてやってくる多くは、戦争で住む場所を失って止むを得ず難民になる人ではなく、経済難民ですよ。そういった人々のために、僕らの血税が使われている。難民の数は減ることがなく、終わりが見えません。本当に僕らは今後も難民に、多額の税金を投入し続けられるんですか?無理でしょう?さきほど子供たちのことについておっしゃっていましたが、やってくる難民の4分の3が若い男性だというのはご存知ですか。」

 

互いに一歩も引かない攻防戦。

2016年11月20日に行われた、2人のオーストリア大統領候補によるテレビ番組での討論会である。

2016年12月4日に、オーストリアの大統領選挙が行われる。

正しく言えば、再選挙。

実は2016年5月に、すでにオーストリアでは大統領選挙が行われている。

 

その選挙ではリベラルな緑の党から出馬したアレクサンダー・ファン・デア・ベレン氏が、3万票という僅差で、極右政党である自由党から出馬したノルベルト・ホーファー氏を下し、大統領となった。

しかしその後、選挙の手続きに違反があったとして、自由党は提訴。その訴えが裁判で認められ、12月4日に大統領の決選投票がやり直されることになったのである。

 

少し前までであれば、極右政党から大統領が選出されるなど、とても考えられなかった。しかし、5月の選挙の結果を見ると、ありえない話ではないような気がしてくる。11月8日のアメリカ合衆国大統領選挙では、ドナルド・トランプ氏が当選したばかりである。

 

フェイスブックを覗いていると、多くの友人たちがプロフィール写真に「私はファン・デア・ベレン氏に投票するよ」というエンブレムを張り付けているのが目に入る。

 

「大学まで出ている人の81パーセントは5月の投票でファン・デア・ベレン氏に投票していて、学歴がない人ほどホーファーに投票しているよ」「肉体労働者の86パーセントはホーファー氏に投票しているよ」などという5月の投票結果を示すグラフをどんどんSNSでシェアしてくるのは、大抵ファン・デア・ベレン氏に投票した人たちだ。

 

それに対して、ホーファー氏を支持する人はほぼ無言である。

極右政党の大統領候補を支持するなどと公言すると、心の狭い民族主義者だと白い目で見られてしまう可能性がある。

 

最近私の友人が、「極右政党を支持したいわけではないが、今回はホーファー氏の思想の方により共感できるので、ホーファー氏に投票するつもりだ」と職場で話したところ、同僚にぎょっとした目で見られてしまった、という話を私に打ち明けてきた。「投票するだけで後ろめたい思いをしなくちゃならないなんて、自由の理念から外れていない?」とこぼす友人に、オーストリアに選挙権を持たない私は肩をすくめてみることしかできない。

 

確かに、罪悪感を感じながら投票とは妙なことだと思う。「ファン・デア・ベレン氏に投票するよ」と家族や友人に言いながら、実際はホーファーに投票する人も結構いるのだろう。実際、5月の選挙でホーファー氏を選択した人はほぼその半数にのぼる。

(編集注:2016年12月4日の再選挙ではファン・デア・ベレン氏が勝利した。)

 

こうした昨今のオーストリアの、多文化主義とグローバリゼーションを拒む風潮は、一体どこから来たのだろう。