コレペティの魅力って何?

吉澤
やっぱり人と関わって仕事ができるということかなあ。

平野
ピアニストって、基本一人だもんね。

竹中
なるほど

吉澤
ピアノって小さいころから、一人で勉強して一人で練習して、ソロの勉強ばかりなのよ。でも、コレペティとして働くと、常に人と関わることができるんだよね。

平野
あー、わかる。それは私も出発点が同じかも。私もずっと誰かと一緒に音楽がやりたいと思っていたんだ。

竹中
なるほどー。バイオリンって一人で弾くことが少ないから、あまり考えたことありませんでしたね。ソリストだったら一人になることもあるかもしれませんけど。ずっと一人だと確かに孤独でしょうね。

吉澤
バイオリンなら、いくらソリストでも伴奏者がいるじゃない。無伴奏の曲だけ持ってツアーに行く人ってあんまりいないから。でもピアノのソリストは、本気で一人だからね。

平野
そうだよねー。孤独よねー。

吉澤
うん、だから、それがよっぽど好きな人じゃないと

竹中
いるのかな、そんな人

吉澤
いるよ、いるいる!むしろ人と関わりたくないって人もいるんだもん。でも、バイオリニストだったらそうもいかないでしょ?せめて伴奏者とはうまくやっていかなきゃいけない

竹中
そりゃそうですよ。意地悪されたら大変ですもん。難しい箇所で、ピアニストがちょっとずつテンポを上げて煽ってきたりしようものなら

吉澤
あはは!それは死活問題だよね!そんなこと歌い手にしたら大変!

平野
え、でも、やらない?

吉澤
やらない、やらないよ!(笑)

平野
わざとゆっくり歌いこんで弾いちゃったりして、ほーら、息足りないじゃん、みたいな。

竹中
陰湿ですよ!(笑)

吉澤
あ、でも、気が付かない人多いよね

平野
そうそう、あれー、息が足りないな、今日は調子が悪いのかなー、とか言われたりして。(笑)

竹中
歌手は自分の調子が悪いと思うんですね(笑)

平野
半音ずらしたりとか、全然違う調で弾き出しても気づかない人が多いよね。

吉澤
それは気が付かないよね、絶対に!今日は歌いにくいなー、とか言われたりする(笑)

吉澤さんの、劇場コレペティとはどのようなお仕事なんですか?

吉澤
基本的には合唱の音楽稽古の伴奏してるよ

竹中
次のオペラの演目のですか?

吉澤
ごちゃ混ぜ

竹中
ごちゃ混ぜ?それは今後の公演も含めていろいろということ?

吉澤
そう。ちなみに今上演している曲の練習もしてるんだよ

竹中
今上演している曲を今練習していては、手遅れではないですか?

吉澤
ウィーン国立歌劇場って、レパートリー制の劇場でしょう?だから、合唱団員は勤務年数によってまちまちだけど、だいたい30~70演目ぐらいの音楽が頭の中にレパートリーとして入っているの。だから、大多数の団員がレパートリーとして持っているスタンダードな曲、「トスカ」「ラ・ボエーム」「愛の妙薬」あたりの曲は舞台稽古もない事がほとんどなの。そういう曲は公演の2、3日前に1、2回さっと通しておしまい。

竹中
私たち弦楽器奏者のアイネクライネナハトムジークみたいな感じなんですね。でもオペラでそれってすごいですよね!

吉澤
でも、「ローエングリン」や「トゥーランドット」の様に単純に出番が多い大きい曲や、「ホヴァンシチナ」「イェヌーファ」などイタリア語、ドイツ語、フランス語じゃない曲は、舞台稽古の数週間前から何度かに渡って練習するよ。直近の数シーズンの間プログラムになくて久しぶりに再演される曲や、新演出でレパートリーにない新しい曲なんかは、ものによっては数シ―ズン前から始めて、少しづつ長い時間をかけて何度も繰り返し練習する事もあるんだよ。

竹中
では、今日何の練習するかっていうのは、予め決まっているんでしょうか?

吉澤
決まってないの。

竹中
えっ!じゃあ、仕事場に行って初めて何の曲やるかがわかるんですか?

吉澤
うん。合唱指揮者がどの演目の練習がどのタイミングでどのくらい必要か、大体のプランを立ててるみたいだけどね。でもプランはあくまで目安でしかなくて、練習の進捗状況によって日々変化するから、結局その日にならないとわからない事が多いね。

竹中
柔軟性が求められるお仕事なんですね

吉澤
ウィーン国立歌劇場では、ソリストにも合唱にも、それぞれにコレペティがいて、各自練習をしているの。それからアンサンブルの立ち稽古があって、本番の指揮者が来て、オーケストラが来て、みんなで練習するのなんて、せいぜい公演の一週間前くらいじゃないかな。これももちろん演目によってまちまちだけどね

竹中
一つのオペラを上演するまでには、膨大な時間がかかっているんですよね。

吉澤
そうね。プレミエ作品の時は、一か月以上も前から立ち稽古が始まるし、それまでに基本的な音楽稽古は終わっていないといけないからね。でも、プレミエが終わって数か月とか時間が空いて、また同じ演目があったとしても、公演数日前にちょっと練習するだけで本番になっちゃうの。

平野
それでできちゃうってすごいよね。ウィーン国立歌劇場のようなレパートリー制の劇場は、いろんな演目が同時進行だから、本当にすごいと思うよ。

吉澤
うん、すごいんだよ。昼間に練習していたオペラの演目と夜に上演される演目が全く違うから、午後と夜の公演後か、翌朝にオペラのセットが全部組み替えられるんだよ。それを毎日やってるんだよ。

竹中
お客さんとしては、毎日違う演目を演奏してくれる劇場って魅力ですけどね。3日間ウィーンに観光に来ていたら3 回違う演目のオペラが聞けるでしょう?

吉澤
でも演奏する方にとっては、限られたリハーサルの中で、毎日毎日違う演目を演奏するわけだから、結構大変なのよ。オーケストラもそうでしょう?

竹中
確かにドレスデンのオペラで弾いていたときは、今日がサロメで明日がジークフリート、みたいな状態でしたね。そしてリハーサルが全くなかった。準備もほとんどできていない状態で、開演時間の19時にとりあえず劇場に行って、さあ、ジークフリートを弾こうと思って。。。手がドラえもん、みたいな。

平野
手がドラえもん(笑)

竹中
いや、だって、あんな曲リハーサルなしでいきなり弾けませんて。余計な音出すくらいだったらドラえもんのほうがましですよ。とは言っても、バイオリンだからドラえもんで済まされてますけど、歌手や指揮者は絶対止まってはいけないから大変ですよね。オペラで働く人は、大体のレパートリーを身に着けるまでの最初の数年間は、本当に大変だと思います。

平野
吉澤さんはたくさんのレパートリーを、すぐにパッと弾けるんだよねえ

吉澤
オペラのプランを見れば大体これが来るかなという予測はつくので、準備はできるけど。パッと弾けるようなものは大分増えたねえ。練習しなくても20くらいのオペラはすぐに弾けるかなあ

平野
すごいねえ

竹中
すごいねえ

竹中
楽譜はどうされているのですか?

吉澤
ほとんど劇場に置きっぱなしだよ。練習しなくちゃいけない曲だけは持って帰っているけど

竹中
コピーじゃなくて原本を持ち帰るんですよね

吉澤
ものすごい量だからね。自分にしかわからないような書き込みをしたりするし。

平野
吉澤さんは 初見もきく?

吉澤
初見は、、、できるようにするんだよ!(笑)

平野
私は、小さい時から姉が持っていたフォークソングやポップミュージックの楽譜を片っ端から弾き語りしたりして遊んだりするような子供で、物心ついたときには初見ができるようになっていたんだよね。だから、世の中に初見ができない人がいるということをずいぶん大人になるまで知らなかったの。

竹中
えー!何それ羨ましい!私なんて、今だに初見で弾く仕事は毎回ドキドキなのに。。初見できる人って、弾いている場所よりも何小節も先を見ているんですよね

平野
うーん、そうかも

吉澤
確かに今弾いてる小節を見ていることはないかも

竹中
先を見てたら、今自分が何弾いてるかわかんなくなっちゃいません?モーツァルトみたいに展開の予測がきく曲ならまだしも、何が起こるかわからない新曲なんてどうしたらいいんですか

平野
全部弾こうと思わないからなあ

吉澤
そうそう、ぱっと見た時に、弾かなければいけない大事な部分が見えるか見えないか

平野
それが初見ができるかできないかの違いなのよね、多分

吉澤
遡れば、和声とか作曲とか、音楽の基礎知識がしっかりできている人が有利なんじゃないかな。緊急事態には、バスとリズムだけでも拾って、とにかく止まらないということ。

平野
慣れだよね

吉澤
私、初見って本を読むことに似てると思うんだよね。好きな作家の作品をたくさん読んでいると、その作風や癖がわかってきて読むのも速くなってこない?それと同じで音楽も、その作曲家の曲をたくさん知っていると、その人がどういう曲を書く傾向にあるか、どういう展開が起こりうるかという予測がつきやすくなってくるんだよね。

竹中
わかる!すごく納得

吉澤
曲をたくさん知っているということは、強みになると思うよ