平野
大学で声楽科のクラスで弾いている時は、声楽の生徒の伴奏をしつつ、レッスンやクラスの発表会の準備がスムーズにいくよう教授のアシスタントをしている感じ
竹中
先生のアシスタントもされているんですね
平野
歌のレッスンの時は基本的に伴奏が仕事なんだけどね。先生がいなかったり、先生がパニックに陥っちゃった時に、、
竹中
?
吉澤
待って待って、どういうこと?(笑)
平野
先生が訳わかんなくなっちゃったときに、「大丈夫大丈夫」って言って先生をなだめて、先生の代わりに「こういう風にしたら?」って生徒にアドヴァイスする感じ?
竹中
どういう先生なんですか!(笑)
平野
いや、よくある。歌の先生なら。感情的になっちゃったりとかするのよ
吉澤
あ、なるほどね
平野
だから、そういう時、生徒と先生の間に立って、「まあまあ」って言う。。メンタリティー的にも音楽的にもそういう役割かな
吉澤
サポーターだね
平野
今はオペラ科で弾いているんだけど、オペラ科のコレペティトゥアには大体2つの役割があるの。一つは演出の稽古の授業でオーケストラの代わりにピアノで演奏をすること。もう一つは、演技の稽古の前に歌手のコーチングをし、準備の手伝いをすること。
竹中
具体的にどんなことをされているんですか?
平野
例えば、ミミを歌う子がミミのアリアを歌いたい場合、他のパートを歌ってあげて、曲全体のイメージがつかめるようにしてあげたりとか、テンポの変わりめや言葉の処理の仕方を教えてあげたりとか
竹中
本当に歌のレッスンですね
平野
歌の先生に言われてもなかなか受け入れられなかったりわからなかったことが、ピアノの人に言われると、わかっちゃうってことがあるんだよね。
竹中
切り口が違いますからね。
平野
大学ではある程度そんなふうにしきって指導する立場。それ以外では基本的にやっていることは一緒だけど、より共同作業的、歌手や指揮者のパートナー的存在かな
平野
いろいろ細かい事に気がまわる人が多いかな?
吉澤
人と仕事するのが好きな人じゃないといけないよね
竹中
コミュニケーション能力は絶対に問われますよね
平野
あと、ある程度音楽面でも対人面でも臨機応変に対応できる人じゃないといけないかな
吉澤
うん、柔軟性は大切
平野
演出家も指揮者も変人が多いし、歌手も勝手気ままな人が多いので、そういう点でもコレペティには適応能力や柔軟性が求められます(笑)
竹中
何に気を付けて仕事しているか、ということも聞きたかったんだけど、それはやはり柔軟であること、とか臨機応変であることでしょうか
吉澤
気を付けるというよりは、それは元々のタイプのような気がするねえ
平野
私が気を付けてることは、自分の体が凝らないようにすることかなあ
竹中
えっ笑
平野
本気で本気で!心も体もね。無理しないこと、そして疲れやストレスをため込まないようにすること。
竹中
大事ですか?
平野
うん、持久戦だから。あとは言い方って大事だよね
吉澤
言葉の使いかたね
竹中
言葉と言っても、外国語でしょう?大変じゃないですか?
吉澤
いや、案外ドイツ語の方がやりやすいよ。細かくなりすぎないし。
竹中
でも、オブラートでくるんだ物の言い方って、ドイツ語だと難しくないですか?ストレートになりすぎちゃったりしませんか?
平野
かえって母国語だと、ボキャブラリーがありすぎて説明的になりすぎてしまうこともあるし。簡潔に物事が言えなかったりする。
竹中
レッスンやリハーサルではストレートに物事を伝えたほうがいいということ?
平野
簡潔に言った方が伝わりやすいことが多いと思う
吉澤
私は、ドイツ語の方が慣れちゃってるから、むしろ日本語でできるかわからない(笑)
平野
声楽の専門的な単語が、日本語で出てこなかったりするんだよね。
竹中
それは、オーストリアの学校でレッスンの仕方を勉強されたからでしょうか?
平野
私はそうだね。実践のような授業もあったし、自分の先生がコレペティだったからそれを見て勉強もしていたし
吉澤
私はいきなり実践だったかな(笑)
竹中
すごいなあ。今、私ドイツ語でバイオリンのレッスンしろって言われたら泣きますよ。音程高い、低いくらいしか言えないわ
平野
いや、でも慣れもあるって。やってるうちに歌手の反応で「こういう言い方すると通じるのかな」ってのはわかってくるよ
竹中
経験を積まなくてはいけないということですね
平野
自分もまだ過程だけどね
吉澤
やりながら習っていることっていっぱいあるよね
平野
私はドイツリートの勉強をしようと思ってヨーロッパにきたの。そして、こっちに来て初めて、コレペティというものがある事を知ったの
竹中
日本では知られていない職業ですものね
平野
漠然と伴奏でお金を稼いでいきたいな、とは思っていたんだけど、ドイツリートの伴奏者として食べていくのは無理だから
吉澤
それだけで食べていくのは確かにほとんど無理だよね
平野
うん、それができているのは世の中に数名だと思う
竹中
なぜ日本では、コレペティが必要ではないのでしょう
平野
もともと音楽大学にそういうシステムがないからかなあ。だいたい伴奏をするのが好きなピアノ科の学生に頼んでやってもらう、という形態になっているみたいよ。でも、ここ最近はドイツ歌曲伴奏やコレペティトュアの養成に随分力を入れるようになってきているんじゃないかと思うよ。
竹中
言葉が大事だと、コレペティが必要になってくるということですか?
平野
言葉に関しては、発音を直すにとどまらず、どこで子音をいれるといった言葉の処理の仕方や、歌詞の内容、解釈と多岐にわたるのよ。それに伴ってブレスの位置を提案したりもするの。さらに私たちの仕事はテキストの持っている抑揚と音楽の持っている抑揚がうまく合うようにしたりとか、逆にわざとずれるように違いを誇張したりとか・・・とやりだしたらキリがないのよ~~~!!
竹中
そんなことまでやってらっしゃるんですね
平野
あと、日本人は音程くらいは自分でとってこれるけど、こっちの人たちはそれもできないで来ることがほとんどだから
吉澤
本当、こっちの生徒は口開けてやってくるヒヨコちゃんみたいなものよ。曲のこと、何にもしてこないでレッスンにやって来る。
竹中
笑。平野さんは、ウィーンでコレペティという存在を知って、これだ!やってみよう!と思ったんでしょうか
平野
そうだね。
竹中
なぜコレペティという職業に惹かれたのでしょう。日本ではピアノ教師をされていた経験がおありと聞いておりますが、教えるという点ではピアノの先生もコレペティも一緒なのでは?
吉澤
全然違うよ!
平野
全然違うよ!
竹中
違うの?
吉澤
私は決定的に違うと思うよ。ピアノの先生って、先ずはピアノを弾くことを教える仕事じゃない?でも、コレペティは基本音楽を教えることが仕事なんだよね。だから、相手が何の楽器でも基本的には同じ。楽器のテクニックのことは楽器の先生と勉強してもらって、コレペティとは音楽に集中したレッスンをするという感じ
竹中
じゃあ歌の生徒が来てもバイオリンの生徒が来ても同じようにレッスンできるのでしょうか?
吉澤
厳密に言うとちょっと違うかな。歌の場合、言葉があるし
竹中
吉澤さんはもともとコレペティになりたかったんですか?
吉澤
私はオーケストラ団員になるのが夢だったかも
竹中
え?ピアニストなのに?
吉澤
中学校時代はオーボエとかフルートとかやってたんだよ
平野
わかる!わたしも高校時代はブラバンでユーフォニウム吹いて、バンドでギターやキーボード弾いてたのよね。オーケストラ団員になりたかったっていうの、すごく共感するわ
竹中
そうなんですね!でもお二人とも続けた楽器はピアノだったんですよね
吉澤
そうなの。多分ピアノでできる、多様な活動の方が魅力的だったんだと思う
竹中
それでコレペティになろうと
吉澤
私はウィーンに来てコレペティ科でなく、ピアノ科に入ったの。卒業後、室内楽を集中的に弾きたいと思った時期があって、楽器を弾く人に手当たり次第室内楽をやってくれないか声をかけていたの。その時に素晴らしいチェリストに出会って、それからチェロの伴奏をたくさんやるようになった。その関係で、ウィーン国立音楽大学のチェロの先生に出会って、期間契約職員として6年間大学のコレペティとして働いたの
竹中
チャンスを逃さない生き方をされてきているという感じがしますね
吉澤
でも、大学のコレペティの契約期間が終わってから、しばらくはフリーランスだったのよ。それでも経済的には特に問題がなかったんだけど、やっぱりどこかに定職がほしいな、と思っていたら、国立歌劇場のコレペティのオーディションの話が舞い込んできたの
竹中
目の前にあるものを掴んでいったら、今の所に辿り着いたという感じですね
平野
でも、きちんと実力があって、誠実に音楽に関わってきたからこそ、その時に必要なものが与えられてきたんだと思うな。それに、無意識なのかもしれないけど、何もかもを掴んできた訳ではなくて、きっとその時その時に大事なものを掴む選択をしてきたのではないかしら