オーケストラはどんな風に練習しているのか、疑問に思う人もいるだろう。

まず、オーケストラの練習に欠かせない人がいる。

オーケストラの前で棒を振り回している人、これがご存知指揮者である。

音も出さずに棒を振って踊ってるだけで、なぜ奏者の何十倍ものお給料をもらえるの、と聞かれることがあるが、そんなこと私が聞きたい。じゃなかった、嘘です。ゴメンナサイ。

指揮者はオーケストラにとって、とても重要な役割を果たしている。特に、練習時においてその存在は欠かせない。曲の解釈や、方向性はほぼ指揮者の決めるところであり、彼らは曲を隅々まで勉強しつくしている。

オーケストラというのは、いわば大きな1つの楽器のようなものである。しかし、オーケストラが普通の楽器と違うところは、その1つ1つのパートが生きている人間であり、彼らの頭の中には彼らの曲のイメージがあるということである。100人の奏者が100人それぞれのイメージで一つの曲を演奏してしまったらどうなるだろう。バラバラのテンポ、バラバラの音量、バラバラの曲想で、コンサートは大変なカオスになってしまうだろう。

指揮者は、練習中に、どのような方向性で曲を作り上げたいかを伝え、全奏者の曲に対するイメージを一つにまとめていく。

それを口で伝える指揮者もいれば、何も言わずに棒で伝える指揮者もいる。

大げさに棒を振り回して踊りまくるも、いまいちオーケストラに伝えることのできない指揮者もいれば、ほとんど何もせず軽く棒をゆらゆらしているだけなのに、どんどんインスピレーションを奏者の頭に注ぎ込んできて、気が付くとオーケストラを一丸となって演奏させてしまう指揮者もいる。

指揮者によってオーケストラの演奏が変わる、というのは間違いのないことなのである。

良い指揮者のもとでの練習は、とても楽しい。曲のイメージを的確に伝えてくるのに、奏者をがんじがらめにしない。皆が自由に弾けるのに、足並みが揃うのだ。

 

その指揮者を中心に、オーケストラは練習をする。ドイツ語だとプローベ(Probe)という。オーケストラによってタイムプランは違うが、例えば私のオーケストラだと1回2時間半の練習が1つのコマで、1日に2コマの練習があることが普通である。ドイツ語だとそのコマをディーンスト(Dienst)と呼ぶ。今日は2ディーンストあるんだよね、というと、2時間半の練習が2回あるということである。

私のオーケストラは少し特殊で、午前中1ディーンストあり、そして2時間半の休憩をはさんで午後にも1ディーンストあることが多い。

その2時間半のお昼休憩は、家に帰って家族で昼食をとったり、昼食の後に家でちょっとお昼寝をできるようにするためにある。

こういうプランを見ると、ヨーロッパ独特だなあ、という気がする。東京のオーケストラでこのタイムテーブルだと、1時間以上かけて練習場まで来なければいけない人は往復だけで昼休みが消えてしまう。街が小さく、皆が練習場の近くに住んでいるので成り立っているプランだ。

練習の進め方は、指揮者によってかなり違う。

一回ざっと曲を通して演奏してから、改善すべき個所を細かくプローベする指揮者もいれば、最初から演奏を止めながらプローベする指揮者もいる。

オーケストラが弾きなれている曲ならば、初めからそれなりにまとまった演奏になるので、細かい所を修正したり、その指揮者がもつ解釈を曲の中に取り入れていったりすればよいだけだが、オーケストラのレパートリーでない曲だと、最初の練習は事故だらけになることも多い。

オーケストラの音が一斉に止むはずのところで飛び出して音が鳴ってしまったり、間違った音が鳴ってしまったり、アンサンブルが崩壊してしまったり、と事故の種類は様々である。それを指揮者が間違っている音を指摘したり、交通整理をしたりして、曲をまとめていく。

練習というものは、確かに面倒くさいものである。練習自体に報酬は発生しないので、練習などしないで本番だけ弾きたいミュージシャンもたくさんいる。もちろん、オーケストラで練習に参加しないで本番だけ弾く、ということは不可能だが、観光地での観光客向けのコンサートなどでは、アイネ・クライネ・ナハト・ムジークなどのごくスタンダードな曲を、練習なしのぶっつけでコンサートに出してしまっている音楽団体もある。演奏家はプロなので、練習なしでも大きな事故は起こらず、コンサートが成り立つことがほとんどだが、それでも最終楽章で楽譜が突然1ページ欠けていて演奏中に固まった、とか、ステージの上で楽譜を開いたら、全く違う曲が入っていて、慌てて楽屋に楽譜を探しに行かなくてはいけなかった、などというホラーな話もちょくちょく聞くので、練習というものは演奏家の精神衛生を保つうえでもとても大切だと思う。

 

オーケストラ皆で練習する時間も、自宅で個人練習する時間も含めてもらうオーケストラの給料は、時給にしてみればもしかしたらその辺のファストフード店で働いている方がましなんじゃないかと思うこともある。

それでも、やめる気にはさらさらならない。

オーケストラ団員は楽しい。

心を揺り動かす、素晴らしい演奏会に立ち会えた瞬間などは、お金に変えられない価値を実感して、しみじみこの職業を選んでよかったな、と思う。

もしも輪廻転生があるならば、来世も是非ともリピートしたい職業なのであるが、唯一リピートを勘弁願いたいのがその入団オーディションである。

でも、その話はまたの機会にしたいと思う。

それでは、また。