私がまだ、うら若き乙女だった頃の憧れの街、代官山。初めてその地を訪れたのは、高校1年生、16歳の時でした。今から20年以上も前の話です・・・げ、驚愕の事実発覚・・・。

 

当時の代官山駅は、現在の様に整備されたそれではなく、人の行き来は多いものの駅そのものはひっそりと隠れ家的で、しっとりと落ち着いた大人の街の入り口、そんな存在なのでした。

 

ある時、友人がご飯をしようと代官山のお店を指定してきました。

既にUターンしていたこともあり、久しぶりの代官山。

駅を出て軽い足取りでお店の方向に歩いていくと、目の前に黄緑の柱状のものが・・・。その柱の上部に目線を動かすと、湾曲した柱の最上部で傘の様にパッと何かが開いていました。

 

エレクトリックひまわり

 

「なんじゃこりゃ?!」

 

次の瞬間、私の眉間にはシワがより・・・

「私の・・・私の代官山になんてことを~~~!」と膝から崩れおちそうになりました。

 

ご存知の方も多いと思いますが、あのオブジェは「エレクトリックひまわり」といってマサチューセッツ工科大学を卒業し、その後もフランス芸術文化勲章を受章したりと、立派な建築家で近代美術科の方(ピオトル・コワルスキー氏)がデザインされた物です。

 

黄緑の柱形状の圧倒的な存在感・・・ひまわりをモティーフにしているなんて想像だにできない驚異の意外性。

これは悪口ではありません、大丈夫、私は本人を前にしてでも、この発言を撤回しません。

・・・・既に亡くなってますけどね・・・・。

 

エレクトリックひまわりそのものがNGだ、と言っているわけではありません。

新しくておしゃれなものがいいとか、古い町並みを尊重すべきとか、どちらかのことを言っているわけでもありません。

 

混在していてもいいとは思うのです。カオスはカオスで面白いのも事実。

 

でもエリア考えようよ、と。街の景観や雰囲気に合った建物を作ってほしいなぁと。それはつくる方の、世に出す方の責任でもあると思うのです。

 

街の雰囲気にあった建物ってどういうものなのよ??

 

では、街の雰囲気にあった建物ってどういうものなのでしょう。

 

その前に、その場所がどんなエリアなのかということは第一条件です。

生活をする住居エリアなのか、人を集めるコミュニティーエリアなのか、オフィスエリアなのか等々・・・。

 

そのエリアの中で100年、200年後も人々を魅了する建物であること。

 

年を経ての変化が味わいになり街の歴史とあいまって、訪れる人やそこに生活する人の心を捉えて離さない佇まい、価値が下がっていくのではなく、むしろ上がっていく建物の集合体・・・それが街の雰囲気に合った建物であり、素敵な景観を造っていく建物だと思うのです。

 

でもこういったことは個人のセンスや感性、好みが大きく関わり数値化できない為、ラインを引くのが非常に難しいのは事実です。

 

実際の物件では、例えば(なくなって猛烈に残念な)青山同潤会アパート、原宿ビラビアンカや、街並みでいえば、やはり京都先斗町や金沢主計町茶屋街、比較的新しいところですと代官山ヒルサイドテラス・・・でしょうか。

 

金沢主計町
金沢主計町

 

同潤会アパート
同潤会アパート

 

こういった場所は建物そのものというだけでなく、その街の雰囲気とあいまって街並みを造っている建物だと思いますし、それを理解しているからこそ多くの人が訪れ、訪れたいと思っているのでしょう。

 

単体の建物がいくら良くても、ボリュームがないと街並み感がでないので、本当に限られた一部なのはお許しを。(現代建築に関してはググっても「街並み」としてはあまり出てきませんでした、やはり街と融合していないと人々は感じているのかも)

 

反対に、NGな街並みとは。

コスト優先で質感無視の建売住宅の集合体。またその中で、リフォーム時オリジナリティを求めたのかそれまでとの違いを明確にしたかったのか、突飛なカラーの壁の家。(ピンクとかからし色とか抹茶色等が比較的多くみられます。)

また地方都市にみられる、大きな看板を掲げた外食チェーン店が軒を連ねた大通り。

 

なげかわしや・・・。

 

NG街並みの要素は何だろうと考えると、建売住宅だけでなく昨今の日本の住宅は本物の素材を使っていないのが理由の一つに挙げられます。

もちろん建築は住宅だけではないのでそれだけが理由とは言えませんが、市街地を少し離れれば住宅の割合は増えていきます。

 

住宅をパッと見た時、面積の大部分を占める壁の材料に窯業系サイディングを使っている家が非常に多い。その時の印象が建物や街並みのイメージを判断する材料になっているのです。

 

チープな住宅街を造る諸悪の根源

 

窯業系サイディングとはセメント質と繊維質を主な原料として、タイルや石、木目等の柄をつけ板状に成形したもの(メーカー説明より)です。

つまり、フェイクです。これが某有名巨大テーマパーク張りに本物と見まがうほどの偽物だったら良いのですが、遠目から見ても偽物だってわかってしまうクオリティ・・・。

(テーマパークで使っているものはサイディングではありません。高度な技術を持った職人さんの手描きです・・・その為高価な技法でもあります。)

 

ではどうしてこれを使うのか・・・それは日本人の「フリーメンテナンス大好き!性」のせいなのであります。

コンクリート打放しや塗り壁より、コストが安く耐久性が高く手入れがいらない、という売り文句が大好きな日本人達。

値段が安いのは非常に大きなメリットであることは間違いない上、個人的経済力も関係あるので声を大にして言いにくいところではありますが。

 

でも、この窯業系サイディングの普及により日本の景観は大きく崩れたといっても過言ではない!!

(大きな組織にたてつき、消されたらどうしよう・・・。)

 

でも自分の敷地にどんな家を建てようと勝手でしょ?

結果からいうと勝手じゃありません。

法律、あります。というかできたのです、2004年に。遅!!

 

<ウィキペディアより>景観計画区域内の建築等に関して届出・勧告による規制を行うとともに、必要な場合に建築物等の形態、色彩、意匠などに関する変更命令を出すことができる。

 

この法律の問題点は、景観計画区域(つまり指定されたエリア)があることと、実状はクリアする手続きや守備範囲が記されているのみで、結局根本的な解決になっていないとうことです。

つまり「何を建てても勝手という考えはなくしてほしいけど、建てられるかどうかといえば建てられちゃう」ということです。

 

元々は高度成長期以降、建築基準法や都市計画に違反しなければどんな建物でも建てることができた日本では、デザインセンスのない人達がコスト優先で勝手にそして大量に住宅や商業建築を建て続けてきたわけです。

その結果、秩序も統一性もない景観となってしまった日本は「建築自由の国」なんて諸外国からバカにされるようになってしまいました。

 

「経済的には豊かになっても文化レベルの低い国」・・・それはまずいということで、2004年に公布されたわけですが、それから10年ちょっと急激に変わることもなく、それどころか必要性がまだ理解されているとも言えず、改善されるまでは今後も相当長い道のりになりそうです。

 

じゃ、どうすればいいのよ。

造っちゃったものは仕方ない(本当はそんな簡単なことじゃないけれど)とすれば、これから先の話です。

私の思う、今から必要な改革は・・・「教育」です。話が大きくなってきました、こんな規模だとひっそりレベルでなくて国政に手を上げなくてはならなくなります。

 

街並みや景観、建築意匠、インテリア、はたまたもっと日常生活で使う様々な物のデザイン性に関しての意識を根本的に変えること、これが一番近道ではないかと思います。

すごーく遠いけどね、実際。

 

諸外国と比べたら、圧倒的に苦手な分野ではありますが、日本にだって偉大な建築家やデザイナーだっていらっしゃるし、DNAとしては存在する!だとしたらその人種の確率を増やす!

それには小さい頃からの教育が必要です。

 

教育しなくても、普段置かれている環境から学べれば別です。

今住んでいる街並みがそうなっていれば自然に感覚で覚えていくけれど、そうなっていないから知識として教えるしかない。

人生の最初の頃から教えれば、DNAを持っている子は早めに興味をもち、自分で広げていくことは可能ではないでしょうかということです。

 

建築家やデザイナーそれに伴う関係の人々が、それを職業として選ぶタイミングは、高校の次の進路を決める時であったり、海外旅行に行って文化に触れた時など、割と人間形成されてからの刺激によるものが多いと思われます。(最近は初海外旅行が低年齢化してはいるものの)

それだと遅い。

 

美的センスや感性が形成される前の日常的なすりこみが重要なので、教育関係者の皆様、ぜひ幼少期からのデザインに対する教育を強化して下さい。

仮に職業として選ばなくても、センスの底上げはされますので、建築だけでなく様々な分野のデザイン性が高くなる・・・はずだと思うのです。

 

つくる人、世に送り出す人の責任

 

では幼少期から日本の十字架を背負わせた子供に対して、大人はもうできることはないのか?!

 

ゼネコン・ハウスメーカー・工務店・個人の大工さんに至るまで、センスのない営業担当者に適当に設計させたものを建てないで下さい、仮に施主がOKを出しても!です。

設計担当以外に、デザイン担当をつけ監修させましょう。この場合必要なのは資格ではなく、本物のセンスです。

 

建材メーカーは、どうせ作るなら本物と隣あわせにしてもわからないほどの偽物をリーズナブルに作って下さい。(作るのやめてといっても無理でしょうからね。)

フローリング等はかなりリアルになってきているので、できないことはないと思いますが。

 

そして責任の一端を担っているインテリアコーディネーターの人達も、巨大勢力や雇い主から圧力がかかろうと、一般の方々に声高らかに伝え続ける!

「このレベルの偽物使うとダサいよ」

「こっちの本物の方が、何年か先、雰囲気がでますよ。」

と言い続けましょう!

言いづらいですけどね、実際は。お金が関わる問題なので。

 

でも伝えつづけることによって理解され、お金を使う場所を変えてくれるお客様ももちろんいます。

わかる人はいる、伝えていないだけの場合もあるのです。

 

・・・今、大人になってしまった私たちのできることは少ない上、微力、また現状をみると歴史級の時間を必要として気が遠くなります。

でも自分たちの時代に作ってしまった無責任な街並みを反省し、今後は世に出すものに責任を持とうよ、とひっそり、しかしながら強く物申したいのであります。