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はいどうも。関東からフラフラ〜っと上洛し、盆地の底でカビが生えている者が通りますですよ。

カビってぇのは夏、というか夏直前の梅雨。梅雨こそカビが元気な季節ですよねぇ当然。などと薄ぼんやり思っていた関東のへげたれとしては、一等驚愕したのは「いいや、盆地のカビは極寒の真冬にこそガンガン生える!」といふことでございました。知らんかったー! これから関東ローム層から盆地に移住しようという人には、ぜひとも教えてあげたい要通達事項。

 

さて、1000年の都、カビも生えれば国宝も眠る、何かこう淀んだチーン…とした街でありますところの京都でございまするが。

1年中じめ〜っとして、山あいなどときたら始終空は花曇り、ぼやややや〜んとした閉塞感と言おうか密閉空間と言おうか、3方は屏風で囲ってんすかそれみたいな山また山、こんな風に空気淀む場所には宿るんでございますですよ。何がってアレがですよ。

 

日本で最恐のアレが!

 

殊に、転居する前から「この池はね…」と京都ツウからは地図上ピンポイントでぺしぺし指し示されていたとある箇所。はぅあぁぁ…そうなん? そんな池の側にはあんまり住みたくないものよなあ。と一応の警戒はしていたのですが。

いざ転居してみると、まあ徒歩圏内というほどではないにせよ、強いて言うなら生活圏内って言うの? 結構なご近所に、そのアレのメッカがですねぇ素知らぬ顔で存在しておる結果となり果てているではにゃーか。

かの和泉式部が「名を聞けば影だにみえじみどろ池にすむ水鳥のあるぞ怪しき」と詠んだとされ、池の中に大蛇が棲んでいるとか、貴船に通う鬼たちの出入り口だとか、かように平安時代の昔から

 

「怖…っ」

 

と延々めんめん思われ続け現代に至るという、その名もおどろおどろしい『深泥池』。

…あ、読めない。みぞろがいけ。みどろがいけ。両方正しいそうです。ええ。

 

「日本最恐心霊スポット」

 

なんでありますよ、あんた。近代では

 

“あるタクシードライバーが夜半に乗せた女性客、行く先を聞けば「深泥池まで…」という言葉をいぶかしがりつつも乗せて行き、池に着いて振り返ると後部座席には誰もおらず、シートがぐっしょり濡れ、髪の毛が…。”

 

…と、これ日本全国津々浦々に存在する「タクシー怪談」のザ・元祖だそうです。いやはやさすが1000年の都ですねい。怪談までもが発祥の地ときたもんだ。

 

ちなみにこの深泥池ですが実際に昼間行ってみますと、住宅地の中に突然のーんと池が出現し驚かされるものの、特段不気味なかんじはいたしませんです。不気味というよりは、地表すれっすれに水があって高低差というものがなく、まるで浅い盆に張った水のように見えるところからして、「豪雨の時とか溢れないのかしらん」と、防災意識の方が先に立つ。

京都市内はここ数年集中豪雨に見舞われることも多く、皆さん良くニュースで見聞するのは「桂川が危険氾濫水位!」とか「渡月橋封鎖!」とか、主に右京区に集中しているかと思われます。え? んな他県のローカル災害情報なんて知ったことじゃない? まあそうですよなぁとにかくですなぁ水害方面で有名なのは今んとこ「桂川はん」なのでありますよ。

その点、いくらバケツでぶちまけたような雨が10時間以上降り続こうが何しようが、かの「深泥池」が溢れて道路水浸しとか、上洛後8月で2年になんなんといたしますが、ちっとも聞いたことがない。なんでだろ。不思議。

かように、現実的な意味では何ひとつ悪さというものをしない池であるのに、「タクシーもの」のみならず、怪談話には事欠きません。池の端の精神病院の患者が次々に入水自殺したらしいとか、今でもドザエモンがよく浮かび上がるそうだよとか、いやいや泥が何層にも重なった底なし池(ほんとは水深20メートル)だから一度落ちたら二度と上がらないってばとか、言いたい放題。

 

おいおい、なんかちょっと可哀想だ。

 

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だってこの池、古都1000年の歴史なんてぇもんじゃなく、そんな歴史も人差し指で弾けば飛び去るハナクソのよに思えるほど、驚くべきことに14万年前から同じ場所にあるのだそうですよ。14万年だよ。

掘り起こして出てきた遺物から、縄文期から余裕で人が住んでいた形跡があるとのことですし。おすし。

そして深泥池には今もなお、

 

「氷河期からの生き残りである動植物が生存」

 

してるというのだから。一体何がいるんだ! 大蛇かネッシーか! (いや、違う)(ハナアブという虫やミツガシワという植物など、げに小さきものたちです)(かわいい)

また、どういうわけだか日本全国で唯一「白のカキツバタが自生する」ことでも有名なのだそうであります。

 

こうしたことから、 1927年には早々に国の天然記念物に指定され、手厚く保護されているとのことですが、そんなとんでもない学術上の重要保護地でありながら、結構パツンパツンに周囲に住宅が並んでおりまして、近年は水質汚染なども問題視されているし、どこの水辺でもよく指摘されているところの外来種闖入問題にも悩まされている模様。ああ〜もう、なんとかしてあげてください! といういたたまれない気持ちにもなってきます。何しろ氷河期だもの。

 

さて、こんなにひとつの池について書き連ねていてはそろそろ寝込んでいる読者も多かろうというものですが、とにかく14万年前からある池なのですから仕方がありません。

14万年も前からあるだけに、そんじょそこらの溜池たぁ違います、一応観光ナビなんかにも掲載されているよ。場所も名所旧跡からおっそろしく外れておりますし、フツーに観光で訪れる人など皆無に近いのでは? と思われますが…。

もし来るとしたらそれは昼間ではなく夜、そろそろ風呂でも入るかと思うよな22時や23時なのか、はたまた丑三つ時の午前3時なのか知りませんが、怖いもの見たさ肝試しツアーの後先考えない特攻野郎チームが、ひそひそこっそりと池の淵を訪れているのでありましょうや。あはは、悪霊に取り憑かれろ(暴言。

また、もしも酔狂な人が昼間に深泥池まで足を運んだにせよ、なんちゅーか池のほとりにボーゼンと立ち尽くしてやはりひたすらボーゼンとするしかないです。氷河期からの動植物が云々…という看板はあるものの、生き物の気配などはちっともありませんので。

 

ああ、深泥池の楽しみ方がわからない。

 

とはいえ、ひとつだけ特出すべき、関東からの流れ者・上洛2年未満の私から、ぜひとも進言すべきことがあります。

 

「深泥池のすぐそばに、超絶おいしいベーグル店があるよ!」

 

ほんと美味ですよベーグルが。ご夫婦で何もかもされているこぢんまりしたお店であるので、午後遅くになるとあっという間に売切れ御免と相成っているために、我が家では家から架電しわざわざ「えーとベーグルサンド2つ予約お願いします」とか、釘さしてから買いに走るくらいです。

それと池から見えるくらいの距離にある

 

「グリル池」

 

という店が気になって仕方ないのですが、いつも横目で見ては通り過ぎている我。

 

深泥池は日本最古の池だそうです。

 

しかし、かようにお化け出る鬼出る蛇出る屍体沈んでる狂人彷徨うと言われる一方で、国をあげて保護せんければならぬほどにその歴史と成り立ちと生態系が重要であるというその「落差」たるや。扱いの温度差も日本随一ではないでしょうか。

 

なんだか笑えて、愛おしい。