薗田奈緒子さんとの最初の出会いは、ベルリンの廃墟風ピアノサロンでした。朽ちたピアノが沢山並び、シャンデリアが逆さまに釣られた独特の空間に響く、みずみずしいドビュッシーのピアノ三重奏。小さなカラダからパワフルで美しい音楽を作り出す彼女は、「コラボレーション・ピアニスト」と言うらしい。世界中をコンサートや録音で飛び回る奈緒子さんに、突撃してお話を伺ってきました。

 

Naoko_Sonoda

 

>>まず、奈緒子さんの職業を教えてください。

ひとことで言うと音楽家だけど・・・わたしには大きく分けて二つ。
一つは舞台の上で弾くピアニスト。もう一つは、ベルリン芸術大学(以下、UdK)で教える先生。

 

舞台上で誰かとコミュニケーションしながら、そこから生まれてくる音楽を発展させる

普通「ピアニスト」というと一人で華やかに弾くイメージがあるよね。でもわたしがライフワークとしていることは、人と一緒にコラボレーションすること。

何がソロと決定的に違うのかと言うと、舞台上で誰かとコミュニケーションしながら、そこから生まれてくる音楽を発展させる。一人で弾いていると、自分の中に沸き上がったことを全部自分で処理して表現するけれども、アンサンブル・ピアニストというのは、自分の中であまり決めすぎない。というのは相手がいるから。

当日の緊張感やお客さんの雰囲気とか、舞台上でパートナーが仕掛けると、じゃあわたしもこういう風に答えてみよう!と、同じ曲でも毎回違う。一人よりも二人、二人よりも三人・・・と増える程、舞台上で新しい発見ができる。それは一人では経験できないことだよね。
体調が優れなかったり気分が落ち込んでいる時でも、相手のハッとする瞬間・音楽を感じると、もうそんなもの吹っ飛んじゃう!やはり「チームワーク」、それが一番違うことかな。

 

「デュオでは、お互いが50:50の役割」コレペティという仕事

大学の仕事は「コレペティトーア」(以下、コレペティ)です。日本語だとニュアンスが難しいんだけど・・・音楽仲間は、「伴奏者」ではなく「共演者」と言っている。わたしは自分を「コラボレーション・ピアニスト」と言っていて、色々なポジションを弾き分けるピアニスト。

音楽大学には色々な楽器の専攻があって、バイオリン科、チェロ科、トランペット科・・・等々。大体はピアノと一緒にデュオとして書かれている曲や、協奏曲でオーケストラと一緒に弾く曲がほとんどなの。でも毎回練習の度にオーケストラと一緒にはできないから、そのパートをピアノで弾くコレペティが必要なのね。

デュオというのは、ピアノとバイオリン等の為に書かれた曲(ソナタ)を演奏すること。「伴奏」というものは全くなくて、お互いが50:50の役割だけど、ソロの意識で弾くとバランスが悪くなっちゃう。自分が持って行く部分もあれば、支える場合もあり、二人一緒に同じ楽器になるように弾かなきゃいけなかったり、ソロとはまた違うテクニックが必要なの。
お互いを聞き合いながら作っていくから、闇雲に弾く入学したての学生の子たちには「ちょっと待ってね、ここはピアノが大事なメロディを弾いているから聞いて」とか言っています。

 

>>コレペティという仕事を知らなかったので、興味深いです。

ピアノ科で勉強していると、自分から成ろう!と思わないと、なかなか成らない仕事かな。人と一緒に弾くことをライフワークにしたいと思うピアニストは、はるかに少ないと思う。

 

隣で誰かが一緒に弾いているという感覚が、なんだか面白かった

 

>>奈緒子さんも、元々はソリスト志向でしたか?

4歳からピアノを始めて、何故か「ピアノを始める人はみなピアニストになるものだ、一人で華やかな服を着て舞台を作る!」と思っていて。先生も熱心にやってくださって、子供のためのコンクールとかも色々受けたよ。

 

>>ソリストとしての受賞歴もお有りで、ベルリン・フィルハーモニーでもオーケストラと共演していますね?

それは大学を出た後だね。色々失敗も繰り返しましたが・・・その頃やっと、自分の中でソロと室内楽、オーケストラ共演の色分けが出来るようになっていたかな。

 

>>では、アンサンブルをするようになった切っ掛けは?

桐朋の音楽高校ピアノ科に通っていて、お昼ご飯の時には、大体みんな楽器毎のグループで食べてたのね。でも一緒に食べているグループに一人だけバイオリンの女の子が居て、彼女が「来週レッスンで、誰かピアノを弾いてくれる人?」って。わたしは、それが面白そうだと思って。人と一緒に弾いた事が無かったから、「自分がピアノを弾いている隣で、何か違う楽器が鳴っているなんて!どういう感覚なんだろう?」って、興味本位で引き受けたの。

モーツァルトのバイオリン協奏曲のオーケストラ・パートだったんだけど、その時はあくまでも自分がソロで彼女が伴奏!な感じで、めちゃめちゃ練習して。最初は頭のどこかで「こんな時間があるんだったら、自分の曲練習できたのに」と思ったけど。笑

でもとにかく、楽しかったの!隣で誰かが一緒に弾いているという感覚が、なんだか面白かった!ソロとアンサンブルの違いも分かってなかったから、先生に大きすぎると言われたけれども。笑・・・すごく褒められたもの嬉しくて。

 

>>新鮮だったんですね!

それに桐朋は高校大学一貫教育だったから、大学の先輩たちがよく室内楽のグループを作って、授業後に残って合わせをしていたのね。「今日はリハーサル!」っていう言葉の響きが恰好良かった!終わった後にみんなでご飯とかしていて、いいなと。笑
ピアノ科は、一人で家に帰って練習してご飯を食べて寝るという環境だったから、わたしにとっては新しい世界だったの。それが輝かしく見えて、それから自分から手当たり次第声をかけて。

 

音楽を作り上げた後、一人よりも喜びを分かち合える相手がいるといい

 

>>実際に始めてみて、どうでしたか?

喧嘩もいっぱいしたね。
弦楽器の子はオーケストラの授業も有るから、人と一緒に共同で音楽を作るという勉強をしている。ピアノ科はそんな事したことが無いから、勝手に言いたいだけ言って、弾きたいだけ大きく弾いたり・・・最初はみんなにとって難しかったと思う。今は人それぞれのテンポが有るのを知っているけれど、学生の頃は全部自分のタイミングでやってたから、凄く反感も買ったよね。笑

今でも覚えてる・・・3人居て、みんなテンポが違うのね。
わたしはこのテンポで弾きたい!でも君のは100年前のテンポだよ!作曲家の意図を取れてないじゃないか!なーんて喧嘩して、それで泣いたりしてね。

 

>>青春だー!ジャズやロックのバンドと同じですね。

そう、あれは本当に青春だった!スポーツとかも同じよね。みんなでチームになって、どのパスをどのタイミングで渡す?阿吽の呼吸になるまで、音楽もスポーツも会社も、チームワークが大事なのは一緒かな。

アンサンブルの合宿とかもあって、1週間くらい色々な先生に習うの。「合宿」なんて、運動部とかのものだと思っていたけれども、行ってみたーい!と。ピアノ科は、修学旅行も行かずに一人で練習している子も多いんだけど、新しい世界がなんか面白そう!って。

 

>>新しい人とのつながりも生まれてきたんですね。

そう。それを一回経験すると、やっぱり楽しいじゃない。音楽を作り上げた後、一人よりも喜びを分かち合える相手がいるといい。

 

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