バッハやブラームス、ベートーベンやシューマン・・・「あんな曲を生んだ国に行ってみたい!」

 

>>そこでアンサンブルに目覚めて、今に至るのでしょうか?

そうね。でもUdKのピアノ科に入ったんだけど、ここはとにかくソロに力を入れていて、高名なソリストの輩出で有名なの。だからわたしもソリストの音にするために、入学までは1年間一人で引きこもって弾いた。アンサンブルをやった後だと、辛かったね。

 

>>つまらない?

つまらなくはないの。一人の世界を誰にも邪魔されずに広げられるのは、ソロじゃないとできない醍醐味。
でも、何か物足りなかったんだよね。全然自分と違う人間から、新しいインスピレーションを貰う・返すという作業、人と人の受け渡しが好きだったから。

 

>>では、大好きなアンサンブルを封印してまで、なぜベルリンに?

やはりベルリンはヨーロッパのクラシック音楽の中心だし、元々ドイツの作曲家、バッハやブラームス、ベートーベンやシューマンが凄く好きで。「あんな曲を生んだ国に行ってみたい!」と中学生ぐらいの頃から思っていたの。TVのドイツ音楽紀行、ベルリンフィルのライブ中継、「世界の車窓から」等々ドイツに関する番組に「わたしは絶対あそこに行きたい!」っていつもかじりついて。
それから、ベルリンは楽器を問わず素晴らしい音楽家が集まる街だから、きっと室内楽仲間を見付けるんだ!という気持ちもあったね。

でも実はUdKの勉強が全部終わった後、ソロ!ソロ!で疲れちゃって・・・3ヶ月くらいピアノを弾かなかったの。

 

>>なんと!3ヶ月も?

1年くらいは、生活の為に小学校でリトミックのバイトするくらい。今まで音楽漬けだったから、一回休憩。3ヶ月間全くピアノを弾かなくて、ほんっとに楽しくて。笑

 

>>自由だー!と。笑

だけど、休憩した後には不思議と気持ちが戻ってくるの。子供の頃から疑問を抱かないままやっていたけれども、いざ勉強を終わって、休憩をして、やっぱり一生音楽をやっていこう!と。
在学中は「UdKのピアノ科なんだから、ソロやらなきゃ」と焦っていたけれど、皮肉なものね。肩の荷が下りて、こうしなきゃいけない!という思い込みを取り払ったとき、室内楽もソロも両方コンクールで賞を取って。ある程度自分の納得できたソロを弾いたことで、音楽家・ピアニストとしての自信ができたかもしれない。

 

>>覚悟も出来た、と。

その時に、ドイツの大学全部にコレペティの募集をしていませんか?と履歴書を送ったの。幸運なことに、母校のUdKでも募集していて、「人前で学生にレッスンをする」という試験だったのね。楽譜に一杯言うことを書いて行ったんだけど、当日は頭が真っ白になっちゃって。

最近、同僚から聞いた話なんだけど、「今だから言うんだけど、あの時ナオコが一生懸命なのは伝わったし、アンサンブルが上手なのは分かった。
ただ、きみのドイツ語で何を言っているのかは、最初から最後まで誰も分からなかったんだよ」と。笑
熱意だけは伝わったようで、笑・・・ありがたくも採用されて、コレペティの仕事が始まったね。

 

「お互いに楽器を通しての対話が、言葉を交わさずにいつも発展できる」アンドレイ・イオニーツァとの共演

 

>>チャイコフスキー国際コンクールではチェロ部門の優勝者アンドレイ・イオニーツァと共演されていましたが、彼もUdKの学生さんだったんですか?

 

 

そうなの、彼は今でも学生です。コンサートで弾くきっかけは、殆ど大学からなんだよね。
アンドレイは、最初は内気な青年で。レッスンで始めて会って、リハーサルもせずその場で弾いて、一声も交わさずに翌日クラスコンサートを弾くような出会い。
彼は、4年に1回開催されるクラシック界のオリンピックと言われる、チャイコフスキー国際コンクールのチェロ部門で1位になりました。ロシア人チェリストが優勝候補だった中で、当時は衝撃が走ったのね。ミュンヘン国際コンクールでも2位を取って、将来有望な演奏家。

アンドレイとは早い段階から、言葉なく弾くだけでやりたいことが分かるのよ。テクニックも有ったし、楽器を使って表現することが苦にならない子だったから、お互いに楽器を通しての対話が、言葉を交わさずに細かいニュアンスまでいつも発展できる。そんな相手はなかなか居ないから、わたしの中にも稲妻が走って。

 

>>弾いていて、気持ち良さそう!日本でもアンドレイとの共演を聞けますか?

10月21日から名古屋・高崎・神奈川2ヶ所・東京2ヶ所で、アンドレイとツアーします。

 

>>楽しみですね。チャイコフスキー国際コンクールでは、奈緒子さんご自身もベスト・アコンパニスト賞を取っておられますね。

コンクールは演奏家にとって、決められた期間の中で沢山のレパートリーを用意する、良い力試しになる。でも途中にトンネルやスランプがあったり、不安になったり落ち込んだりすることもあるのよ。わたしの職業は演奏だけでなくそこを精神的にも、いつも一緒に支えなきゃいけない。

チャイコフスキーコンクールの時にはアンドレイの他にも担当していて、さらに期間中に他の参加者から急に頼まれて。自分のピアニストとトラブルが有ったとか、自分の父親が伴奏していたんだけど緊張して弾けなくなったとかで、最終的に4人引き受けたんだ。

 

>>そんなことってあるんですか!?

無いの!まず普通無いの!
1回だけ合わせをして、しかも2年くらい弾いていないレパートリーをいきなり弾いて。コンクールは予選から全部ライブ中継されるから、キツくて全く眠れなかった。でも全員がセミファイナルまで行って、うち3人は入賞したの。

すごく大変でスリリングだったけれども、みんな強い自分の音楽を持っている人たちだったから、舞台上では逆に助けられたして・・・本当に楽しかった!
でもステージの上での心持ちとして、まずは彼らを支えたいし、さらに一緒に良い音楽を作る為にめちゃくちゃ神経使うから、ラウンドの合間に精神力を保つバランスも必要で。2週間終わった後はもう・・・死んだね!笑

 

鍵は、柔軟であること。変化を楽しむこと。相手をリスペクトすること。

 

>>色々な人と共演する上で、個々の音楽性って違うと思うんです。コンディションや精神、音楽のバランスをどうやって保っていますか?

鍵は、柔軟であること。柳のように、折れない自分でいることは大切だけど、そこに固執しないこと。

変化を楽しむこと。あとは色んな状況ありけりだけど、とりあえず今自分がどんな状態でいるのかは、把握しているつもり。コンディションが悪い時でも、自分を見失うことはなくなったかも。

プラス、人と一緒にやるのはコミュニケーションの世界だから、まずは相手を音楽仲間としてリスペクトすること。

最初の頃は元祖ピアノ科の自分を抑えなきゃいけないと思っていたけれども、いい音楽家をやると、バランスは自然に取れるのね。今わたしがここを支えなきゃとか、今は彼が助けてくれているな、とかいちいち考えなくても、音楽を通して自然に役割分担ができる。チームワークだから、誰かが居るからこそ、自分の能力をもっと発揮できるし、雑念がなくなるんだよね。

 

>>バランスを取るのは大変なのかと思っていましたが、逆なんですね。

細かい点でどうしても譲れないことはお互いあるから、ぶつかることもあるけれど、そういう時は今日のコンサートではそうするから、明日は違う風に・・・とか。笑
言葉にしない駆け引きも、舞台上で楽しんでいるかな。

 

>>奈緒子さん、かっこいいです!

でも、恥もいっぱいあるんだよ。

 

>>本当に?こっそり聞かせて・・・笑

学生時代、クラスコンサートでソロで弾いていて、何度も同じところで止まっちゃってショックで。もう弾きたくない!と叫んで、友達や聴衆に慰められたりとか。

コンクールでは集中して弾いていた時に雷が落ちちゃって、びっくりして演奏が乱れて。
これは落ちた!と速攻帰ってジムに行ったりしていたら、事務局から「予選通過しているんですけど、今どこに居ますか?」と電話が。慌てて戻って弾いたりとか。

仕事始めてからも、言葉が通じないとかね。ドイツ人って、わたしが変なドイツ語で喋ってても笑わないでじっと見てくるの。最初はこの人怒っているのかな?と思って。
どうしようー!と焦って、余計早口で説明して、凄く気まずいリハーサルで・・・
後になって、彼らは真面目に理解しようとしてくれていたのが分かったんだけど、怒った顔に見えたんだよね。笑

 

音楽を通して、自分を知る。気付きに役立ててもらえたら

 

>>では最後に。演奏者として、あるいは教育者として奈緒子さんは何を成し遂げたいですか?

コンサートでは誰かの為に弾くでもなく、自分の為にでもなく、作曲家の残したメッセージの媒体。わたしを通してお客さんに渡す「音楽を運ぶ媒体」でありたいかな。

教育機関に居ることもあって、次の時代を担う若者たちの音楽的助けにもなりたい。音楽は鏡みたいなもので、演奏からキャラクターや状態が丸裸に分かっちゃうの。
大学にも色々な学生がいて、将来演奏家にはならない人もいる。でも彼らも音楽を通して、自分を知る助けになるのよ。自分の気付きに役立ててもらえたらと思うよね。
決して「自分が先生」と思うのではなく、人それぞれの意思が美しいとまず思うから。人間が好きだし、持っているものに興味があって。

もう一つは、最近日本公演とかの機会をいただいて、自分が今までやってきたことを母国で出来るのも嬉しい。将来的には、もっと日本の音楽教育とかにも携われたらいいなとも思う。

 

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薗田奈緒子ホームページ http://naokosonoda.com

アンドレイ・イオニーツァ公演情報 http://www.pacific-concert.co.jp/foreigner/view/513/

ベルリン芸術大学ページ https://www.udk-berlin.de/startseite/