taboule
「エレヴァン風アルメニアイーチ」。レバノンやシリア、ヨルダンの山岳地帯が発祥とされるサラダ「タブーレ」のアルメニア版。トマトペーストが加わり、全体的に赤っぽい色合いになっています。

 

ー1月からの旅メニューは、国ではなく「コーカサス」という括り方ですね

「〜〜料理」っていう言い方があるじゃないですか。例えば今(2015年12月)ならポーランド料理。これは便宜的な表現であって、近代国家の枠組みというのは極めて表層的なものだと思うんですよ。文化はその下で非常に重層的に入り混じっている。旅をするうちに「made in JAPAN」とか「made in POLAND」と断言できないやって気付いちゃったんですよね。例えば和食って、本当にこだわるなら縄文食になって、箸は使えないわコメは使えないわで、稗と粟でなますを食べる非常にヘルシーな食事になってしまう。あとはイノシシを捕まえるくらいでしょうか。

 

ーあはは(笑)

インドネシア料理特集で出したガドガドっていう料理には厚揚げが乗っているんです。インドネシアでも豆腐を食べるんです。そういう話をすると、9割以上のお客様が「へえ、日本の豆腐が伝わっていたんですか」と言われるんですよね。お豆腐は日本のものだと思っているのかもしれません。でも、豆腐は中国生まれ。大豆やお米も栽培に成功したのは、大陸の方ですしね。我々はそれを文化ごと輸入したんですよ。

僕たちは生まれて初めて知った時の状態で「常識」とか「当たり前」を作るので、それ以前の「それがどうだったか」というのは意外と不問なんですよね。でも国境や時間を跨いだりすると、当たり前が全然当たり前じゃない。旅をしている中でそういうことを学ぶ、というよりも叩き込まれました。通常は「〜〜料理」と便宜的にやっているけれども、エリアで表現する時はそういうことも交えて伝えられたらと。

 

ーなるほど

ととら亭でいろんな料理のルーツを追いかけたり、メニューのキャプションに歴史を織り込んでいるのは、人の目線、背丈の目線での国際性っていうのかな、そんなのを伝えていくのも旅人のミッションの一つじゃないかなあと思っているんです。ほら、料理は世界の共通言語じゃないですか。誰でも美味い不味いはわかる。その普遍的な言語を通して、身近なグローバリズムを伝えたい。

直近の卑近な例なら中国の対日政策がむかつくとか、そう言うのは自由なんだけど、中国の文化そのものまで否定するなら、なかなか我々の生活も大変になるよと。文章なら漢字を使えないし、お箸も焼き物も使えない。縄文土器だったらいいけど(笑)、使えないものだらけになっちゃう。僕に言わせれば、そういう「何人だから」っていうのはしゃらくせえ話で、結局地球人じゃないですか。我々の当たり前なんて言っているのは、せいぜいここ100年の話だしね。

 

ーそういうのを解きほぐそうとしている印象を受けます

今回コーカサスを取り上げてもう一つきっかけになるかなって思ったのは、(紛争多発地域である)コーカサスの揉め事って、あれを鏡にすると意外と自分たちの見えにくい部分が見えやすくなる気がして。紛争の多くは、統治手法をおそらく失敗したんだろうなあって、僕は思っている。ジョージア(グルジア)っていうのは北海道より小さいくらいの国なんだけど、主権の及ばない地域が二つもある。多数派に抑圧された少数民族が武装蜂起して、それをロシアが表に裏に支援した。

反対に多民族国家で成功している例もあります。(2015年の)2月に取材したインドネシアやシンガポールがそう。じゃあ、その違いはなんだったんだろう。僕の目線でいうと、ジョージアの失敗は、多民族国家において言語を多数派のそれで統一した政策によるところが大きい。少数民族も含めていろんな民族がいる中で、Aは10人いるけどBは2人しかいない、だからAの言葉を使おうってなれば、そりゃBは怒るでしょう?

 

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「トリビシ風オジャクリ」。豚肉とジャガイモを「アジカ」と呼ばれるソースで炒めたジョージアの家庭料理。スパイシーな味わいが食欲を刺激します。

 

ーだと思います

インドネシアはハイパー多民族国家で、200以上の民族が共存している。実権を一番握っているのはジャワ族。だからジャワ語でやればジャワ人は楽だったんだろうけど、彼らはそれをやらなかった。マレー語をベースにして新しくインドネシア語を設定したんです。「みんなでやっていくんだから、僕も勉強するし、君も勉強しようよ」って。フェアじゃないですか。それぞれの伝統はキープした上で、共通語としてのインドネシア語をみんなで学んだ。

同じようなことをやったのがシンガポールですよね。ただでさえまとまらない上に、国土がちっちゃい。東京23区くらいしかない。誰か敵を作ったらすぐに国をひっくり返されちゃう綱渡りの状態で、まとめるにはどうしたらいいんだろうって真剣に考えたんでしょうね。そういうのを鏡にして、他人事じゃなくて僕たちの国がどうかと考えるのは、決して無駄じゃないでしょう。

 

ー訪問国数は50にのぼる。言葉はどうされているんですか?

基本は英語でいきます。ただ、現地語の挨拶や最低限のフレーズを覚えていきます。旅をする上で必要な会話が英語ではアウトで、現地の言葉で使わないとダメなケースは珍しくないんですよ。

 

ータクシーに乗るときとか?

はい。あとは例えば国境とかでインスペクターに英語が通じないケースもたまにありますね。そういう時は彼らの言葉で喋らないと、何が起こるかわからないのでリスクが非常に大きくなってくる。ただ、語学学校に行くような勉強はしなくても大丈夫なんですよ。例えば国境を越える時の会話とか、食事する時の会話とか、そういうのは100も200もバリエーションはないので、トータルで100フレーズくらい覚えておくと大体どうにかなります。
今年6月に行く取材旅行の第一候補は中央アジアなんですよ。ウズベキスタンから入ってカザフスタン、キルギスと回ろうと思っているんですけど、それぞれの国境が結構悪名高いところでね。英語は通じそうもないけれど、今更トゥルク系の言葉3種類なんて覚えていられませんから、ロシア語で行こうと思っています。

 

ーもともとソ連だった国ですね。

第2言語がロシア語なんで、通じてくれればいいんですけどね。まあ、今まで大体どうにかなりました。大変なことも少なくなかったですけどね。大使館なら英語が通じるだろうと思って行ったら、全然通じなかったケースとか。メキシコでブラジル大使館に行ってビザを取ろうとしたら、英語を喋れる方が全然いないんですね。カタコトの方が一人だけ。でも、みなさん親切で、大使館に来ていたお客さんの中から英語話せる人を探し出してくれました。ビザの申請書も英語併記じゃなくて、スペイン語だけで、あれにはしびれましたね。

まだ長い旅の始まりだったんで、この後の時間をたっぷり使ってスペイン語を覚えていけばいいやってたかをくくっていたら、これは一体何ですか?って。名前とか生年月日すらわからないんですもん。ビザの申請だけで半日かかりました。大変ご迷惑をかけましたし、大変助けてもいただいたんで、そういうご恩は返さないといけないなと反省半分、思い半分でいます。

 

インタビューの後編はこちらです

 

<お店情報>
旅の食堂 ととら亭
住所   〒165-0025 東京都新宿区野方5-31-7
電話   03-3330-1500(FAXも)
営業時間 昼11:30〜14:00(最終入店時刻)
夜18:00〜21:30(最終入店時刻)
定休日  毎週火曜日  ※取材、研修で1〜2週間ほどお休みする場合あり。
その他  テーブル12席 カウンター4席
HP http://totora.sakura.ne.jp/
2016年1月〜3月はコーカサス料理特集を展開中