ーさらに質にこだわっていく

お客さんの持っている思いに応えたい、という思いは二人とも強くあって。ととら亭の料金って野方相場から言えば決して安くはありません。元々ある程度上の年齢層をターゲットにしているから、そういう人たちはそれなりのお金を持っている。だけど、中には若い20代の子たちも来るんですよ。彼らは1万円札を出してお金を払うことなんてまずないんです。お財布を開けるとしわくちゃの千円札が何枚か入っていて、それを出し合って払ってくれている。同じ千円でも重みが違うんですよね。お金を貯めて、節約して、それでもととら亭で食べたいって言ってくれている。そういう思いは、それなりの重みで受け止めて返さないといけない。そうすると業務グレードは手を抜けないですね。

この仕事を始めて嬉しいのは、人の顔が見えるビジネスになったこと。ただ、顔が見えるのはすごく嬉しいことだけど、あの人にこれは出せないだろっていうプレッシャーもありまして。これでいいかなって妥協しそうなときにも、顔が浮かんじゃう。「あれはあれ、これはこれ」をやったら、独立した意味が薄れてしまう。「これは美味いですよ」って勧めるときも本心で言っています。僕が食べて美味くて、それを再現しているんだから美味くないわけがないっしょって言える。そこに嘘が入ったら昔の自分に戻っちゃう。「嘘のないこと」、それもととらルールのひとつです。

 

ー最後に、過去のメニューでもよく取り上げられた「餃子」のについてもお聞きしたいです

餃子へのこだわりというか、その素朴な疑問はトルコのギョーザの「マントゥ」から始まっているんです。そこが出発点だったんですよ。

 

ーお店を始められる・・・

前ですね。会社員をやっていた頃から「面白い話だな」って。調べていくと、「韓国では餃子のことをマンドゥって言うの?」とか、「中国生まれじゃないの? 中国生まれならチャオズでしょ?」って。また、隣の韓国に伝わるのはわかりやすいけど、なんで飛び地のトルコにマンドゥと似た言葉が伝わっていて、その間の国にはマントゥやマンドゥがないの?という素朴な疑問でね。

これで本を書いている人もあんまりいないみたいなんですよ。そのあたりから僕らの餃子探しが始まって、その中でどんどん同じような例が出てきちゃってね。先日取り上げたブルガリアのシュニッツェアも、日本のカツレツと元は同じで、どうもミラノ風カツレツがオリジナルらしいとか。(スペイン料理の)エスカベッシュも、断言はできないけれど発祥はペルシャのようだとか。そういう伝播ルートを追いかけ、少しずつ見えてきた範囲で紹介する。中でも餃子は誰もが知っている料理なんでとっつきやすい。今もピエロギというポーランドの餃子をやっていますけれど、次はアゼルバイジャンのダシュバラという餃子の一種をとりあげます。

 

dashbara
ダシュバラ

 

ーピエロギは私も頂きましたが、とっても美味しかったです! ダシュバラも楽しみです。

美味しかったですね、ダシュバラ。それをまた追いかける旅の一つが次の(取材旅行で予定している)中央アジアなんです。あそこが餃子や麺類のミッシングリンクではないかと僕は睨んでいます。中央アジアと、あとはイランですね。あのエリアを掘り下げて、あとは中国西部のウイグル自治区ですね。(餃子のルーツについて)二つの説があって、一つは遊牧民であるウイグル人が作り出し、ユーラシア大陸の東西方向に伝えたのではないかという話。もう一つはそもそも小麦の原産地である肥沃な三日月地帯、つまりメソポタミアで生まれたのではないかという説。

ということは(イラクの首都である)バグダッド、それじゃ入れないよって(苦笑)。ただ、出処不明で怪しいんですけれど、ハムラビ法典のような粘土板で、餃子に似た料理のレシピがあるっていう、断片的な情報があって。鎖帷子文字じゃ読めないのでせめて英語に翻訳してくれよと思いましたけど、それも追いかけてみたいとは思っています。

 

ーさっきの本も是非出してください。

幾つか案はあって、ととら亭の成り立ちの話とか、さっきお話しした餃子やカツレツのような料理の旅のこととか。あとは旅のノウハウを書いた本も役に立つんじゃないかねって。ガイドブックの情報は古くなるけれど、旅の基本的なテクニックっていうのは以外と普遍的で、10年20年は使える話なので、そういうのを出版できたら、少しはお世話になった旅先の人たちに恩返しができるかなって考えているんです。

プロットはぼちぼち書き始めているんで、手をあげてくれそうな出版社さんがいらっしゃいましたら、ぜひ紹介してください。プレゼンしに行きます(笑)。餃子とかカツレツとか、人間だけじゃなくて食べ物も旅をしているんだよって。日常の食卓から世界が広がるような夢をお伝えできたら嬉しいですね。

 

<取材後記>
筆者が初めてととら亭を訪れたのは2014年の夏。美味しい世界の料理に魅せられ、今では旅のメニューが入れ替わる度に訪問するほど虜になりました。普段も久保さんは料理にまつわる旅のエピソードを教えてくださり、それがまた料理のおいしさを一層引き立ててくれます。次はどんな一皿と出会えるのか、そんなワクワクの尽きないお店です。筆者の最近のお気に入りは、赤く美しいスープが印象的なポーランドの餃子こと「ピエロギ」。

 

pierogi
筆者おすすめのピエロギ

 

<お店情報>
旅の食堂 ととら亭
住所   〒165-0025 東京都新宿区野方5-31-7
電話   03-3330-1500(FAXも)
営業時間 昼11:30〜14:00(最終入店時刻)
夜18:00〜21:30(最終入店時刻)
定休日  毎週火曜日  ※取材、研修で1〜2週間ほどお休みする場合あり。
その他  テーブル12席 カウンター4席
HP http://totora.sakura.ne.jp/
2016年1月〜3月はコーカサス料理特集を展開中