「どのような紅茶が好きですか?」
と聞くと、10人中2人くらいの割合(筆者比)で返ってくる、
「私、オレンジペコが好きです」
自店にない場合、頭から
「うちには置いてません」
も感じが悪いし、
「オレンジペコっていうのはそもそも・・・」
とか言い出すと話が長くなりすぎる。
「どのオレンジペコが好きですか?」
と返したら、とても嫌味な人になってしまう可能性がある。
現在「オレンジペコ」というのは紅茶の種類のことではなく、紅茶の葉の大きさ(グレード)のことを指す。
(どこかのメーカーが昔大々的に「オレンジペコ」という紅茶のCMをやっていたような気がするので、それで誤解している人も多いのかもしれない。)
故に、「オレンジペコ」のダージリンもあるし、「オレンジペコ」のアールグレイもある。
もちろん「オレンジペコ」じゃないダージリンもあるし、「オレンジペコ」じゃないアールグレイもある。
「オレンジペコ」になるように作っている紅茶工場もあれば、「オレンジペコ」にならないように作っている紅茶工場もある。
オレンジ、と書いてあるがオレンジ色ではなく、オレンジの香りもしない。
一般的にオレンジペコの大きさは1センチくらいからだろうか。
明確な規定があるわけではないので、もっと大きなオレンジペコも小さなものもあるし、各農園(茶園)でグレードの定め方は違っていたりする。
通常ティーバッグに入っているような葉は非常に細かく、抽出が早い。(ダスト、CTCなどの細かいグレードのものが多く使われている)
1,2分で紅茶の色も味もしっかりと出てくる。
しかしオレンジペコサイズのものとなると抽出に時間がかかる。
葉が開き、香りや味がしっかりと出てくるのは最低でも3分以上。
オレンジペコはゆっくりと時間をかけて茶葉から風味が抽出される。
細かいグレードのもののように渋みなどが頭にガツンとくるというよりは、柔らかい味わいと香りが楽しめる。
ものによっては中国茶風に淹れることによって煎を重ねることもできる。
そして価格的にはオレンジペコの中でも大きいグレードの方が高い傾向がある。
良質なものだと10gで2000円というようなものさえもある。
もしお店で「オレンジペコがほしいです」と言うのであれば、それに付け加えて「私は〇〇会社のオレンジペコが好きです」もしくは「〇〇(紅茶名)のオレンジペコが好きです」と言ってくれると店員は助かる。
同じものを扱っているかどうかはわからないがそれに近いものをご紹介することができるだろう。
グレード(大きさ)についてなどは細かく書くとキリがないので、ご興味があれば「紅茶の基本」などの本をご一読いただきたい。
最近の紅茶の本でグレードについての説明の際、私が利用している本を一冊お勧めしておく。
「厳選紅茶手帖 紅茶を識(し)る」(世界文化社)というものだ。
写真の見せ方も良く、非常にわかりやすい説明が書いてある。
photo by Nic McPhee
オレンジペコと同じようによく聞く話。
「あそこのアールグレイは香りが好きだけど、こちらのアールグレイはあまり香りがないから好きじゃない」
というもの。
「アールグレイ」という紅茶は紅茶葉に香りをつけている「フレーバー(ド)ティ」と呼ばれるもの。
香りの元はベルガモットオイル。
レモンに似た柑橘系の香りだ。
アロマテラピーなどではよく知られている。
イギリスのグレイ伯爵が愛したから「アール(伯爵)グレイ」という名を冠している。
しかし同じ名称の「アールグレイ」なのに各メーカーによって味は違う。
その違いは、ベースの紅茶+着香している香料の組み合わせから生まれてくる。
①スリランカティ(セイロンティ)+ベルガモットオイル=アールグレイ
もあれば、
②ダージリン+ベルガモットオイル=アールグレイ
というものもある。
ベースの紅茶も様々ブレンドされているものがある。
そうなってくると、
③スリランカティ(セイロンティ)+ケニアティ+ベルガモットオイル=アールグレイ
ということもあるわけだ。
さらにベルガモットオイルも人工香料、天然香料、それらの香りの発現の仕方にもそれぞれ違いがあるのだろう。(私は科学者ではないので詳細はわからないが。)
ベースの茶葉の個性によっても味は変わるし、香料によっても風味は異なる。
もちろん価格も変わってくる。
逆に言えば、同じ「アールグレイ」という紅茶でも無限の広がりが楽しめる。
各メーカーのアールグレイを揃えて飲み比べたら面白いのではないだろうか。
実際に飲み比べてみて、ブログに書いている人もいらっしゃる。
ここからが本当に紅茶の奥深いところ。
私たちが普段口にする紅茶は実はブレンドされていることが多いのだが、実はブレンドをしていない紅茶というものも存在する。
単一農園もの(という呼び方が正しいかどうかはわからないが)、と多くの方はそう呼んでいる。
例えばダーリンなどが代表的だろうか。
「ダージリンセカンドフラッシュ 〇〇農園(茶園) DJ-53 FTFGOP」
というようなもの。
ものすごく適当に訳すと、
「ダージリンの〇〇茶園で夏の間の53番目に作られた新芽がたくさん入って花のような香りがするとっても素敵なオレンジペコ(大きいリーフ)の紅茶」
というような感じ。(こちらの表現も茶園によっても異なっている、一概にアルファベットが多いから良いものとも限らない)
「夏」や「53番目」のような言葉が入っているが、これは単一農園の同じ茶名でもロットごとに味が違うことを意味している。
「その茶園」で「その季節」に採れた「そのロット」。
限定紅茶を味わう楽しみ方もあるのだ。
けれども、ロットによって毎回味が変わるのは困る人たちがいる。
例えば、大手の紅茶メーカー。
トマト工場の人たちが、毎回採れたトマトの味が全く異なっていたら(極端に言えば、きゅうりの味がしたりじゃがいもの味がしたりしたら)トマト缶を作るのはとても大変だ。
紅茶メーカーのアールグレイやイングリッシュブレックファーストという紅茶は唯一無二の存在だ。
最近は単一農園ものを扱っているメーカーもあるのだが、ほとんどのメーカーは長年そのメーカーオリジナルの「アールグレイ」や「イングリッシュブレックファースト」という紅茶の売り方をしている。
そのため、各紅茶メーカーには専門のブレンダーというプロの紅茶鑑定士がいる。
彼らは世界中から届く大量の茶葉の鑑定を行い、通年通して同じ味、同じ価格で提供するためにブレンドを行う。
紅茶は農作物と同じように同じ茶園で同じ作り方をしても同じものは生まれない。
ある程度はその茶園の癖や得意な作り方というものもある。
品種の違いやワインでよくいわれるテロワールというようなものもある。
そのため、ブレンダーは世界中の茶園の様々なロットの紅茶をティスティングし、メーカーの求めているブレンド紅茶を作り上げる。
単一農園ものは天気や湿度の影響などを見極め、茶葉の状態を調整をしながら最上の紅茶を作り上げるベテラン茶師たちの技術と長年の勘の賜物だ。
それらを統合し、メーカーにとって最良のものを作り上げるのがブレンダーの仕事。
お茶を作っている茶師さんも心から尊敬するが、ブレンダーの仕事も素晴らしいなと思ってこのコラムを書き始めた。
あるメーカーのある紅茶ひとつひとつに多くの苦労と物語がある。
紅茶が大好きでこだわりをもつ方は結構たくさんいる。
私の周りでもポットやカップからこだわる方もいるし、茶葉の淹れ方、お湯の温度などにこだわる方もいる。
ダージリンが好きな方は毎年各農園のロットナンバー違いまでそろえて飲み比べ、今年の出来不出来を語ったりもする。
私は酒を飲めないが、ワインなどもきっと同じだろうし、珈琲も似たような傾向があるのだろう。
こだわろうと思えばいくらでもこだわることができる。
逆に、全くこだわらない人はこだわらない。
「私はスーパーで売っているリプトンのティーバッグでいいわー」
という方。
しかし、実はスーパーで売っているそのリプトンのティーバッグが一番時間とお金と綿密な計算の上に成り立っている紅茶なのだ。
製茶された世界中の山のような紅茶の中から、超エリートのブレンダーが紅茶をブレンドして、「味と価格が変わらずに」パッケージされ何事もなかったかのようにスーパーに並んでいる。
昔は「茶葉をブレンドするのは古い紅茶をごまかすためだ」という話がよく聞かれた。
しかし今はそうではない。(いや、いまだに一部にはそういったものもあるのかもしれないが)
ブレンドすることによって最良のものになるように人々が力を合わせている。
紅茶に興味のない人までもが気軽に手に取れるスーパーのティーバッグの方が実は奥が深いのかもしれないとさえ考える。
どちらにせよ単一農園の紅茶でもブレンドの紅茶でも選ぶのは飲む人自身。
それが嗜好品ゆえの楽しみだ。
目の前にある紅茶一つ一つすべてに長い物語があるのだと思えば、とても面白い。
そして私の目の前に届くまでに様々な人の手を介している。
美味しい、美味しくないというのはあくまでも結果でしかない。
それも、何百億分の一の人間の偏った判断。
お湯の温度、気候、様々なものにも細かく言ったら味は変化する。
淹れ手の技術にも関わってくる。
だからこそ紅茶は無限で面白い。
これは筆者の完全な余談だが、一つ前々から気になっていることがある。
ブレンダーは1日に数千種類の紅茶のティスティングを行う場合もあるそうで、口や喉の皮膚がべろべろになることもあると聞いたことがある。
昔テレビで、グラビアアイドルや綺麗な瞳の芸能人などの胸や瞳に保険をかけていたと聞いたことがある。
ブレンダーやソムリエ、茶師などの舌には保険はかかっているのだろうか?
そういう保険があるというのはきいたことがあるのだが、実際にブレンダーたちはその保険を利用しているのだろうか・・・。
いつかどこかで聞いてみたいと思っている。
前回の記事はこちら。
ミルクティーのほうへ 〜紅茶の香りに誘われた、とある紅茶屋の回想