machine

illustration by Jaya Prime

 

人間の特徴として、言葉や道具(機械)を作り・使うことがあげられる。言葉も、ソフトウェア的な意味での道具と考えれば、広い意味では道具とまとめてもよいだろう。

もちろん広義には道具を使うのは人間だけではない。ある種の鳥は、小枝を使って木の穴の虫を掘り出す。猿は石を使ってくるみを割ることができる。チンパンジーにいたっては、グループ同士の戦いに木の棒を武器として使うという。

また、言葉についても、ほとんどの動物が、鳴き声やしぐさで仲間に意思を伝えている。アリやハチですら、匂いや身振りで仲間に意思を伝えていることがわかっている。クジラやイルカは音波で結構複雑な意思を伝え合っているという。

だが彼等は、道具を新しく作り出すことはない。小枝なり石なり、そこにあるものを道具として使うのだけだ。かたちあるもの、あるいは、ないものにすら名前を付け、それらを組み合わせ、新しい概念を作り出すこともない。環境の変化に合わせて、使うものを変えることはあるが、それは例えば、くるみを割るときに石がないのでレンガを使うというような、せいぜい別の似たものを使うという程度の変化でしかない。テコの原理を発見して、ペンチを作るわけではないし、ましてその作り方や原理を言葉や図表で表し、他の個体に伝えることもない。道具を作るためだけの工場を建てることもない。

 

このように考えると、人間の特徴は単に道具を作り・使うというだけでは正確ではないだろう。人間は道具を作り出し、使い、改良する。それはいつの間にか自分たちの考え方や環境、ついには自分たち自身すら変えることになる。そして、その変化がまた、更に新しい道具を作り出す契機になっていく。このような正のフィードバックにより、道具と人間の世界は指数級数的に巨大化・複雑化してきた。その集積を「文明」と呼ぶのだろう。このようなダイナミックな、道具(機械)との親和的とも言うべき相互作用(Interaction)をおこなっていくことにこそ、人間の特徴があると言うべきかもしれない。

 

Human Machine Interaction – 人間と機械の相互作用

では、この人間と道具と深い結びつきの理由はなんだろうか。それは、我々人間の肉体の脆弱性によるものかもしれない。人間には、ライオンやトラの持つ強力な牙も爪もない。シカや馬のような強靭な脚力も、象や熊のような肉体の絶対的な巨大さもない。親類ともいえるチンパンジーやゴリラと比べても、我々の脆弱性は際立っている。我々はこの脆弱な肉体を守るため、道具に頼る以外、生き延びる道はなかったのではないだろうか。別の見方をすれば、我々は一切の肉体的武器をすてて、その代わりに、道具と、それを作るための頭脳の進歩に賭けた、ともいえるかもしれない。

現在では、機械の力を借りることで、我々はどんな動物よりも大きな力を得ることができた。賭けには今のところ勝ったといえるだろう。

だが、一方で、我々の肉体は依然として脆弱なままだ。そしてここに、もしかしたらいまだ解消されない、人間の種としてのトラウマがあるのかもしれない。このようなトラウマを仮定すれば、人間と道具(機械)との相互作用のその最先端で、人間と機械の垣根を超えることができることに気が付いた我々が、人間と機械との完全なる融合(つまりサイボーグ化)により、強力な肉体を手に入れようと夢見ることは自然な流れというべきかもしれない。

 

ここで少し、サイボーグについて説明しておこう。サイボーグという言葉は、サイバネティクス(cybernetics)と言う学問分野を指す言葉と、生物の臓器・組織を表すオーグン(organ)という言葉を合わせた造語である。サイバネティックスとは、アメリカの数学者ノーバート・ウィーナーにより提唱された概念で、自動制御理論と機械工学、通信工学、生物学などを統一して、「あるシステムの振る舞い」を追求する学問といっていいだろう。

サイバネティクスの基礎にはフィードバック1)という概念がある。フィードバックとは、ある系の結果(出力)が原因(入力)に影響する(帰還する)仕組みのことで、このような仕組みを持つ系をフィードバック系(システム)と呼ぶ。

これ以前の、システムを説明するために使われていた、原因→結果という直線的な原理に対して、ウィーナーにより初めて、原因が結果に帰還するというフィードバックの重要性と、それが、機械制御だけでなく、生態系、経済システム、心理学においても適用できる非常に重要な原理であることが明らかにされた。

これにより、それまで、別のものと考えられていた、機械を動かすことと、生命組織の動きが、サイバネティクスの上で、初めて統合され、同じ土俵で探求できることができるようになったのである。これを一つの契機として初めて、機械と人間が直接相互作用(Interaction)し得る、つまりサイボーグの可能性がしめされたのである。

では次から、この道具(機械)と人間の相互作用の最先端であるサイボーグについて、パワードスーツを具体例として少し詳しく見てみよう。

 

パワードスーツの最前線と、Brain Machine Interface

パワードスーツは、サイボーグ技術を使って、人が装着することで、ものを運搬することや、歩くこと、あるいは走ることといった人の機能を強化する装置である。強化服、パワーアシストスーツなど、他にもいろいろな呼び方で呼ばれている。

パワードスーツは、着脱できることが特徴で、このため非侵襲型のサイボーグ技術が使われる。ここで使う侵襲、非侵襲という言葉は、医学用語で、侵襲とは生体に何らかの物理的変化を与えることである。侵襲型の医療行為の代表例は手術であり、非侵襲型の医療行為の代表例はメガネをかけること、と言えばわかっていただけるだろう。

パワードスーツに関しては、各国で研究開発が盛んに行われており、アメリカでは兵士の戦闘能力を強化するという目的で、軍事関連の開発が進んでいる。パワードスーツが最初に注目を浴びたのは、アメリカのSF作家ロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」という、ベトナム戦争の影響を色濃く受けたSF戦争小説であることも偶然ではないだろう。タロスと名付けられた特殊作戦部隊向けのシステムが知られており、兵器の運搬能力や移動速度の向上だけでなく、銃弾などからの防御能力の強化も目的に開発されているようだ。

いわゆるパワードスーツではないが、サイボーグ型ロボットとして最も代表的なものは、1996年に筑波大学の山海嘉之教授らによって開発されたロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb。)だろう(注:「ロボットスーツ」は、サイバーダイン株式会社の登録商標です)。このHALはすでに、国内のサイバーダイン社で実際に製品として製造され、全国でリース販売されている。現在、下肢に障害がある方の機能改善治療や歩行トレーンング支援を目的に販売されているが、介護現場や建設現場などの労働者用の装置も展開しているほか、災害対策用も研究開発されているようだ。

 

 

HALの特徴は、人間が動こうとする際に脳から脊髄を通じて筋肉に伝わる生体電位信号をセンサで読み取り、これによりモーターを駆動することで、世界で初めてサイボーグ技術を用いた本格的な装着型ロボットである、と言える点だ。

従来の多くのロボットは、装着者が手足を動かしたことを、センサで感知して、これに従ってモーターを駆動するもので、言ってしまえばパワーステアリングで人が車を運転しているのと本質的にはあまり変わらない。このため、装着者に動作の遅れを感じさせ、完全な一体感は生まれにくい。また、当然ながら四肢がマヒしているような障害を持つ人には操作できない。

これに対して、HALでは、動きたい、動こうという装着者の意思により脳からの指令として、四肢に伝わる生体電位信号を直接読み取り、これによりモーターを駆動する。これにより人間の意思と、機械の動作の間に違和感を感じさせることなく、一体感を与えることができる。また、四肢がマヒしているような障害を持つ人でも、あたかも四肢が動いているかのように操作することが可能になる。生体電位を介して、人間と機械が直接結合したという意味で、世界で初めて実用化されたサイボーグ技術を用いたロボット、ということができる。

 

HAL介護支援用

© Prof. Sankai, University of Tsukuba / CYBERDYNE Inc. 

 

 

脳からの指令である生体電位直接読み取って、機械の制御に使うというこの発想は、広義にはBMI(Brain Machine Interface)ということができるだろう。BMIもサイボーグ技術同様、緒についたばかりの技術で、その正確な定義にはまだ曖昧な点があるが、一般的には、脳波や脳血流などから人間の意思を読み取り、これにより直接機械を動作させる技術と、言って良いだろう。HALの場合、脳波を読み取っているのではなく、筋肉に伝わってきた生体電位を読み取っているものではあるが、これもまた人間の意思あるいは意思の一部の形を変えたもの、と言っても間違いではないだろう。この意味でHALは広義のBMIを用いたサイボーグと言ってよい。

もちろん、これらを実現することは簡単なことではない。まず、生体電位信号のセンシングの問題が考えられる。生体電位は1mV以下の非常に小さな電位しかない。更に生体電位には心臓などが発するいろいろな部位の電位や、外界からくる電波などに起因する多くのノイズを含まれている。これらのノイズを、筋肉動作の指令として読み誤ってしまうと、転倒や発振などの誤作動が発生するだろう。実際の信号から、ノイズを除去し、必要な生体電位信号のみを抽出するセンサの開発と、高度なフィルタリング技術が必要とされる。

次に問題となるのは、この生体信号をもとに、どのように四肢を制御するかである。人が実際に歩く際には、足だけでなく腰や尻、腹筋、背筋などの数十の筋肉が調和して動いている。歩くためには、視覚や触覚、平衡器官、あるいは筋肉自体などからの複数の情報をもとに、脳が周りと自分自身の状況を判断し、それをもとに、それぞれの筋肉に最適な大きさの信号を、最適なタイミングで送ることで滑らかな歩行を行っている。HALでは(というよりも、現状のロボット技術すべてに言えることだが)、技術的、経済的制限から、これを限られたセンサ情報により、限られたモーターの個数で、擬似的に実現しなければならない。

HALでは、2つの制御方法を組み合わせることで、これを実現している。一つは、生体電位信号を入力としたサイバニック随意制御と名付けられたもので、もう一つは、HAL自体に取り付けられたセンサからの信号と、あらかじめ作られた動作モデルをもとに、HAL自体が自律的な制御を行うサイバニック自律制御と名付けられたものである。

生体電位信号を入力としたサイバニック随意制御では、ニューラルネットワークの考え方を用いて、制御システムが構築されている。ニューラルネットワークを用いることにより、実際の生物の神経系に近い非線形なシステムを構築することができる。このニューラルネットワークの調整パラメータは、装着者が実際に装着して動かしてみることから決定される。こうすることで、システムには装着者個々の動作の癖、障害の度合いなどもある程度反映することが可能となる。これにより、装着者は、スーツとの一体感をより自然なものと感じることができる。

もう一つの、サイバニック自律制御は、HAL自体に取り付けられたセンサからの信号と、あらかじめ作られた動作モデルをもとに、HAL自体が自律的な制御を行うもので、立ったり、座ったりという不安定な動作をする際などに、装着者の意思で動くサイバニック随意制御では、うまくコントロールできず危険と判断した場合や、何らかの問題で生体電位信号が乱れたり、測定できない場合などに、サイバニック随意制御に替わり制御を行う。これにより、思わぬ転倒や急停止・急発進などの事故の発生を防止することができる。動作モデルは、装着者自身、あるいはそれが不可能な場合は、装着者とほぼ同体格の健常者が実際に装着して動作してみることから作られ、より実際に近いモデルを得られるようになっている。

この2つの制御を、周りの状況や装着者の状況を判断して、適宜切り替えて行うことにより、HALでは、安定して安全な歩行が可能となっている。2015年にはHALを装着して、治療を行うことで、進行性の神経・筋疾患の改善がみられるとして、厚生労働省からの新医療機器として承認を受けている。この意味でもHALは実用レベルに達した唯一の装着型ロボットといえるだろう。

 

medicalHAL

© Prof. Sankai, University of Tsukuba / CYBERDYNE Inc. 

 

 

パワードスーツの問題点など

Human Machine Interactionの一例として、サイボーグ技術を利用したパワードスーツを例に見てきた。かつてはSFの中の夢物語であったものが本当に実現することを目にすることは、技術者ならずともワクワクする経験だ。だが、一方で、本当の意味でのパワードスーツの実現には、まだ幾つかの大きな問題点が残っていると言わざるをえない。

例えば、動力源の問題だ。現在のパワードスーツに搭載されている電池では、一時間前後の動作が限界だ。大きな電池を搭載すれば時間は伸びるが、当然ながら重量が増加し、行動を制限してしまう。少なくとも1日程度は行動が可能な動力源の開発が必要だろう。

また、駆動源の方の問題もある。人が行う歩行では、筋肉を完全に弛緩させることで振り子の様に足を振り出す動作をおこない、これにより効率のよい歩行が実現できている。現在の電磁モーター・ギヤの駆動系ではこれはうまく実現できない。また、大きさやコストも現在の駆動系では十分とは言えない。人工筋肉のようなコンパクトで効率のよい駆動系の開発が待たれる。

サイボーグと言うと、AIなどで話題の多いコンピュータ技術で、すぐにでも実現しそうな感があるが、実は、こうした機械工学を含めた技術全体の進歩なくしては実現できないことを知っておく必要があるだろう。

夢の世界を実現するには、およそ対極の地道な努力が必要なのである。

 

参考

1)フィードバック

簡単なフィードバック系としてネット上の口コミ(原因)と商品の売り上げ(結果)を例として見てみよう。ある人がある商品の口コミを見て商品を買ったとする。そして、その人がネット上にまた口コミを書く。すると、その口コミを見て、新しくその商品を買う別の人が出てくる。その人がまた口コミを書いて、それを見たまた別の人が…。つまりここでは、商品の売り上げ(結果)が口コミ(原因)に帰還しているといえるだろう。

ここで、製品を買った人の口コミが、良い評価が多い場合、商品を買う人の数はどんどん増えていくだろう。このように結果が暫時増加していくようなフィードバックを正のフィードバック(正帰還)と呼ぶ。一方、評価が悪い場合が多いと商品を買う人は減っていくだろう。このように結果が暫時減少していく場合を負のフィードバック(負帰還)と呼ぶ。