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東国のへげたれがはるばるやって来まして、住まい始めました、京の都。

観てよし、食べてよし、今や米旅行雑誌における人気投票でも世界no.1を2年連続獲得済み、日本人でも外国人でも宇宙人でも、どこのお人でもバッチこいやー! の古都・京都でありますが、実際住むってぇと一体どうなん? という辺りは何故なのか知りまへんけども、謎に包まれ、黒雲垂れ込め、変わらず「秘されている」と申せましょう。

移り住んでしばらくは少しも、ちーとも気づかないのですが、そうすね概ね4ヶ月も経過しますってぇととんでもなく身につまされる事実、それは

 

「京都は盆地である!」

 

…という、これはもぉ、都を拵えるはるか以前、1万年前からの地球の都合でありまして、文字通りに人智を超える不動の事実なんでありますおね。

 

何しろ風が吹かない。

 

そらたまには吹くのですが、本当に酷い風だなーなんていうのは1年に10回あるかないかくらいの勢い。

ワタクシ生まれは赤城おろしの城下町、自転車通学時代には厳重に安全ピンなどでコートの前を抑えてもなお、ピンなんぞは何なくはじき飛ばしてまで(そして時に素肌に突き刺さったりなど)、下から巻き上げる強風により制服の紺色スカートがですね、太ももの付け根まで見事に捲れ上がること、一度や二度にあらず。助平な風ですか。

その後長らく住んだ表層の街トーキョーも関東の空ッ風吹きすさぶ山の手、風呂場ですらカビなんどにはお目にかかったことはありもへんでした。

 

しかし盆地には何しろ風が吹かない。

 

ですんで冬場などは驚くほどに家の中にカビが生える。盆地にうっかり機密性の高い小洒落た集合住宅など建ててはいけない、ということを嫌というほど思い知りました。建築関係の方々、そこんとこヨロシク頼んますよ、んとに。盆地の湿気、ナメてはりません? だってあんた、暖房姦しい冬場のクロゼットの中などは、どこの研究施設のカビ菌培養棚だここは!? という程に

 

「みっちり」

 

と白カビが! とっくり(マスクして)観察して判明したんですけど、コットン生地ってカビ生えるんだなあ! 木製、紙製も仰天するくらい生えるなあ! ああ、ビニール素材は大丈夫なんだなあ。ツルツルして菌糸がつかまりようがないもんね。なあるほど。あはははははははは。

…などと感心しているばやいではなく、クロゼット内の収納物三分の一強を廃棄処分する顛末となった。建築関係の人、重ねてお願いしますよ、んとーに。

そらあ名だたる盆地であるこの界隈に相応しいのは結局のところ、前後開ければパーっと家中を風が吹き抜ける、台風の時なんか人間乗ってても畳が浮き上がるというほどに超絶「風通しのいい家」すなわちTHE・町家に他ならぬのでありましょうけども。

 

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京の都が盆地であることなど全国的にも周知事項なので、何を今更とここまで訝しく読み進められた向きもおられるでしょうが、近年の研究で判明したらしい、

 

「京都は水の都だった!」

 

は、あまねく知られているとは言い難い。水の都と言われても表層的に「ははぁ鴨川やら桂川やら、狭いとこに矢鱈と川の多い土地柄だよねえ」くらいしか思わぬのが薄っぺらい関東のへげたれの常っす。だって上洛転居した人間がまず度肝を抜かれるのは、Y字でもって南北を貫くところの、他ならぬ鴨川なんでね。他地域でこんなにも地元住民が犬の散歩したり楽器の演奏したりジョギングしたりダンスの練習したり等間隔ベンチにカップル並んだり自転車漕いだり、十二分かつ思う存分に河川敷を利用し河川敷生活を謳歌してるのなんて、ついぞ見たことないし。

…だけども水の都とは、川の多さとか川利用者の楽しげな様子などを指すにはあらず。

なんとまぁ京都盆地の地下には

 

211億トンもの地下水

 

があるのだそうでありまするよ。琵琶湖の8割にも相当するという、とんでもねえ水量でしてこれ、京都盆地は地下水の水瓶の上に浮かぶ浮島なんではにゃーか説すらあるそうで。えっそしたら地震とか来た時は舟に乗ってるよなもので、昨今の高層建築ビルディングのよにフーラフラするばかりで、地盤に壊滅的なことは起きないの? そこんとこどうなの? などというトーシロな詮索は止すとして…。

京都という盆地は、かように地下水が豊富であるからして、千年もの長きの間栄えたんでしょうよねとしみじみと実感。だってボーリングマシーンで3日も地面を掘れば

 

どこでも水が湧く

 

っていうンだから。現在でも7000を超える数の井戸が存在するというンだから。水位が下がったり、場所によっては水質汚染が進んだりなぞはしているものの、基本的に地下水は「枯れる心配はまったくない」というンだから。カラハリ砂漠。

 

言われてみれば巷で囁きのように聞こえてくるのは「名水」の話題。

京都三大名水のひとつである「染井の水」は今も枯れずに湧いてるそうで。じゃあ他の二つは枯れてるの? と思いきや一度枯れたけど環境庁の計らいで復活、今ではポンプで汲み上げているのだそうですので。ド根性。伏見の酒の産地は元は「伏水」と呼ばれていたよとか、良き酒には良き水が不可欠なるぞよ。

そこらの変哲もない(でも本当は変哲があったりするのが京都人のあなどれぬところ)男性などが、日常で使う水は「花背まで汲みに行ってる」(あんたも行くといいよ♪)とか、至極しれっと言っていたりもします。こちらは地下水でなく山中の湧き水だけれども。

何しろ転居後1年も経過すると、関東圏ではとんと話題にならぬそもそもの「水」にこだわりの飲食店が多いことにハッと気づかされます。とあるビーガンの飲食店は近所の地下水使用と言っとりましたし、もう一軒は琵琶湖の水も常ならむ(京都の水道水はfrom琵琶湖っす)の危機意識熾烈なのか、ものすご高価そうな逆浸透膜浄水器がカウンターにデンと設置してありもす。

特に声高に喧伝していないがために、まったく知覚できぬ階層でもって、日々「良き水を」の意識が水脈のように街を這っているのだ。ああ、そうなのだ。気づかなくてゴメンゴメンゴ。盆地の水資源に対する美意識理解してなくてメンゴ。ンゴ。

京料理と言えば豆腐、と莫迦の一つ覚えのように思い込む我々へげたれ族、自前の井戸を持ち地下水で豆腐を拵えてる店も多いなどということには、観光で訪れたくらいでは気づく気配もありゃしねえです。まあしょうがない。

 

ところで、全国民がよく知りもしないままに、知ったか顔で異口同音に述べるところの

 

「京都の夏は蒸し暑い、冬は底冷え」

は、たしかに盆地という地形のせいもありましょうけども、盆地の下にそんなべらぼうな水瓶が鎮座ましましてることもだね、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ、京の過ごしにくい夏冬の要因なんじゃないでしょうか。知らんけど。