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クリムトは大好きな画家のひとりだ。
美術に携わる人間でクリムトを知らない人はいない。金箔を多用した豪華でデザイン的な技法は独特で、イギリスから発生してフランスをはじめヨーロッパを覆ったアール・ヌーボー(オーストリアではエーベンジューテル)の主要人物であり、20世紀初頭のオーストリアの代表的なアーティストだった。
グスタフ・クリムトは金銀細工をする家に生まれて、14歳から21歳まで美術工芸学校に在籍した。そのあいだに弟エルンストと画家マッチュとともにアトリエを設立。在学中から3人で新しい国立の劇場や美術史美術館などの大建築物の室内装飾を手掛けた。皇帝フランツ・ヨーゼフⅠ世にも認められ、かなりの報酬を得ていたと考えられる。クリムトはすでにこのとき室内装飾の世界で成功していたといえる。
イタリア旅行の折にラヴェンナのビザンティン時代のモザイクに魅せられて、「黄金時代」と呼ばれる最盛期の作品に影響を与えた。金銀を多用した装飾的な技巧を凝らしたゴージャスな様式で、ビザンティン時代のモザイクのほかにエジプト、ギリシア、日本などの影響もみられる。
クリムトは絵画だけでなく人生も物語のように華麗だった。
プライベートや精神世界、技術をほとんど公表しなかったので、派手なふるまいはせずに地味に暮らしたいと希望していたようだけれど、ウィーン美術界に君臨していたことは事実であるし、判明している交友関係や恋愛関係は華やかだ。
たとえば作曲家マーラーの妻・アルマは当時の芸術家たちの女神のような存在だったのだが、アルマの初恋の相手はクリムトで、アルマは生涯クリムトをおもい続けたといわれている。芸術家と3度結婚して未亡人となったのちも。
この映画にはクリムトその人は登場しない。登場するのは彼が描いた作品「黄金のアデーレ」だ。(美術書では「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」*という題名で紹介される。)この作品はとても有名で美術の教科書に載るほどクリムトの代表作のひとつだ。
戦火を生きのびた名画「黄金のアデーレ」の現在、そして、その所有権はだれにあるのか、それがこの映画の主題だ。
画に描かれたアデーレの姪である亡命ユダヤ人の女性マリア(ヘレン・ミレン)が、「黄金のアデーレ」をこの手に取り戻したいという強い思いから行動していく姿と、彼女を助ける若き弁護士ランドル(ライアン・レイノルズ)のふたりの活躍を中心に描かれている。
回想のベル・エポック(良き時代)、絵に描かれている豪奢なネックレスをたいせつそうに身につける美貌の叔母アデーレ。アデーレの背後から大きく厚い扉をほんの少しだけ そーっと開けて、その隙間からちょっとだけ顔を出し、ことばをかけることもなく叔母を見つめる幼かったマリア。回想シーンは、そのあとの華やかで平和なパーティの場面へとつづき、優美でゆっくりとした時間が流れていく。
「装う」ということを考えるとき、女性はアクセサリーをひとつひとつ手に取り身につけていくうちに、化粧を施し香水をまとうように背筋が伸びて指の先までエレガントになり、淑女として仕上がっていくのだと思う。それは夫だとか恋人というパートナーの隣に立つために(ふさわしくありたいという気持ちから、あるいはきれいでいたいという気持ちから)という思いもあるとは思う。けれど、自分自身が淑女であるために(みずからのために)装うという気持ちが大きいのではないだろうか。すくなくともわたしはそうだ(完成度についての異論はあるかもしれないけれど……)。
マリアは幼い時にみたアデーレの気品あふれる美しさや優雅さを忘れることができなかった。そして、まるで時空を飛びこえるようにして現代にまでおよんでもまだ、遠い記憶の中の叔母の姿に憧憬を抱いている。マリアはもう八十を過ぎたシニアになっているのに……しかし、年齢は関係ないのだろう、おそらく。
それは、はるか遠い彼方であるとか世界の向こう側の出来事ではなくて、わたしやこれを読んでいるあなたの身のまわりでも日常的に起こる風景なのだけれど。……だからこそ、この映画を見ると郷愁のようなものを感じさせられるのだろう。
扉の影でマリアが抱いただろう思い。「わたしもあんな素敵な淑女になりたい」――そう思っていた憧れの人。しかし、社会が生み出した闇(戦争)は、あっさりと少女の夢を踏みにじり、憧れたようにはなることが許されない日々が訪れる。失われてしまった儚い少女の夢。
現代になってマリアの心に無性に湧き上がってくる「黄金のアデーレ」への執着は、遺産へのスノッブな欲ではなく、平穏だった時代をなつかしむ気持ち――失った家族への愛着――と「虐待された記憶を忘れてはならない」という決意からきているものだ。それは純粋な愛情であって、金持ちの妄執ではない。むしろ、何もかも失って残されたのは記憶と絵画だったということかもしれない。
戦争のむごさを描写した映画や物語は多い。そして、それをこういう角度から描く方法もある。ウィーンで描かれた黄金にいろどられる華やかな絵画にひそむ闇のような実話をもとにした映画作品。戦前、戦中の回想シーンがあってこその名画の帰還作戦。この映画は、遺産そのものよりも帰らぬ人々への思いを描いている。
ベル・エポックは貴族社会からブルジョワ階級へと社会のしくみが移り変わった時代だった。実際のアデーレは自身も富裕層の出だったのだが、銀行家で砂糖工場をもつユダヤ系の実業家である夫とともに、まるでウィーン・ブルジョワジーの王妃のようにウィーン郊外かプラハに近いお城で暮らしていたらしい。
ところが第二次世界大戦が起こるとナチスがオーストリアにも侵攻してくる。周囲の被支配層が率先してナチスの思想に傾倒してユダヤ系の人々を差別し、虐待し始める。隣の家の人までも。執拗な凌辱の数々。ただユダヤ系であるという一点で迫害される。
アメリカに亡命したマリアがなぜ二度と故国の土を踏みたくないとかたく決意していたのか。そこには、厳しい監視下のもと、身の危険をひしひしと感じたナチス統治下の時代背景があった。家の中に常駐する監視の目をかいくぐって後ろ髪をひかれるようにして別れた父母の最後の表情が瞼に刻み込まれる。残していくマリアの父母にどんな未来が待っているのか、それを現代にいるわたしたちは知っている。
表通りに面した幼いころからの思い出が詰まった豪華なアパルトマン。もうこれ以上は、という ぎりぎりの瀬戸際でマリアは親しみのある その家をあとにする。余韻を感じることも許されずに。
リベラルで新しいものを取り入れていく気風の漂う、豊かで風通しのいい空気。ゆとりとか気楽さとか、そういうもの。なくしてはじめて気づくのだろうか、それがどんなにたいせつなものなのかを。ルールという名の束縛がいかに窮屈で息苦しく、人を圧迫するものなのか。それに気づかずに、毎日あたたかいベッドで手足を伸ばして、何の心配もなく日々を暮らしていくことができる幸福。
ウィーンのベル・エポックとその豊かさを象徴するようなアデーレの肖像画。クリムトはユダヤ系のブルジョワに支持され、アデーレの夫もパトロンのひとりだった。だから、アデーレの肖像画以外にもクリムトの作品を5点所持していた。実はそれらも一部、叔父の遺産だったのだけれど。上流階級であったアデーレの夫やマリアの家族が追い詰められて極限にまで行きつく。なんという転変だろう。
ひとりひとりの人に重く流転する運命と物語がある。
失われた人生(時間と生命)への哀悼を捧げたい。
*アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ グスタフ・クリムト作/1907年/油彩/2006年時点で、この絵画の価格は146憶円だった。