12403784823_df38c1ba43_b

 

※この記事は、CIRCUS第2回特集「いいカラダ。」の記事です。

 

真っ白な氷の上を美しい衣装を見にまとい、華やかに跳び、回る。フィギュアスケートといえばそのようなイメージを抱かれる方が多いのではないでしょうか。確かにフィギュアスケートは華やかなスポーツです。しかし、華やかな一方でトレーニングは非常に厳しく、身体に負担のかかるスポーツでもあるのです。今回はそんなフィギュアスケートと身体をキーワードに、みなさんが抱いておられるであろうフィギュアスケートの謎に迫っていきたいと思います。

 

「フィギュアスケート選手はどうしてみなさんスタイルがいいのだろう?」とテレビを見ながら感じたことのある方は少なくないでしょう。確かにフィギュアスケートの選手は羽生結弦選手や浅田真央選手を筆頭に顔は小さく、手足が長く、そして華奢な体型の選手ばかりです。これはテレビにうつるような世界のトップの選手たちだけなのでしょうか。

実は、地方で行われる小さなローカル大会に出場している選手たちでも、太っていたりぽっちゃりしている選手を見かけることはめったにありません。その理由はズバリ、「太ってしまうとジャンプが跳べない」からなのです。

その理由は「軸」にあります。フィギュアスケートは基本的に右足を軸足にして左足を巻き付け、脇と腕をしっかり締めることで軸を作り回転しています。その軸が細ければ細いほど早く回転することができるのです。回転速度が早くなればなるほど、ジャンプの確率というのは上がっていきます。

 

では、いわゆるお人形さん体型の浅田真央選手と、小柄で筋肉質で細身ではなかった伊藤みどり選手が同じトリプルアクセルを成功させているのはなぜなのでしょうか?

浅田真央選手と伊藤みどり選手はともに女子では最高難度の「トリプルアクセル」という大技を成功させた選手ですが、この二人のトリプルアクセルを比較してみると、回転速度は浅田選手の方が早いのですが、ジャンプ自体の高さと幅は伊藤選手の方がより高く幅のあるジャンプを跳んでいます。浅田選手は伊藤選手のようなジャンプの高さと幅、滞空時間はないけれども、その分を回転速度の早さで補ってるのです。一方の伊藤選手は、回転速度が遅い分をジャンプの高さと幅と滞空時間で補っているわけです。

 

ただ、現実に伊藤選手のような豪快なジャンプを跳ぶことのできる女子選手というのは滅多にいません。というのは、基本的に女子選手と男子選手では男子選手の方が筋肉量が多く、滑るスピードも早く、その分ジャンプも高さと幅があり滞空時間も長いとされています。あれだけ豪快なジャンプを跳ぶことができたというのは、やはり伊藤選手の筋肉量が女子としては非常に多かったといえるのでしょう。

 

高さと幅があり、滞空時間の長いとジャンプというのは豪快で見ていても素晴らしいものなのですが、実はこのようなジャンプは着氷するのが非常に難しくなるため、点数が上がる要素にはなるものの、ジャンプの成功率を上げる要素にはならないのです。なぜ、高さと幅があり、滞空時間の長いジャンプはジャンプの成功率を上げる要素にならないのでしょうか。その理由は「スピード」にあります。高さと幅があり滞空時間の長いジャンプというのは、ジャンプに入る前のスピードが十分にないと行えないのです。そのために、そのスピードに負けずにしっかりと軸をつくることのできる身体と技術がなければジャンプは成功しません。そのためにフィギュアスケート選手は常日頃からトレーニングに励んでいるのです。

 

筋肉というのは脂肪よりも重いのであまり筋肉量が増えすぎると体重が増え、ジャンプの確率が下がる原因にもなります。必要なところを見極めてしっかりとトレーニングする必要性があるのです。

わたしの場合、ベスト体重よりも体重が500g増えるとジャンプの回転不足がかなり増えました。逆に体重が減るととにかく身体が軽く跳びやすいのですが、あまりにも体重が減りすぎると体力や筋力も落ちてしまい、スピードがなくなってしまうことが原因のジャンプの失敗が増えました。体重が増えてきた高校生からはとにかく体重を増やさないために食事管理や、走り込みをしていました。とにかく必要な筋力をつけつつも体重を増やさないことがジャンプの成功率を上げる条件です。女子選手の場合、思春期にはどうしても背が伸びたあとに体重が増えてきますので、身体が小さく軽かった頃には跳べたジャンプを跳べなくなることもあるのです。

 

 

フィギュアスケート選手のトレーニングは氷上の練習はもちろん、オフアイスのトレーニングも欠かせません。オフアイスのトレーニングでは筋力トレーニングはもちろん、バレエを取り入れてる選手も多いです。また選手によっては新体操やヨガのトレーニングを取り入れている選手もいます。バレエといえば、表現力を身につけるために習うというイメージが強いのかもしれません。バレエとフィギュアスケートは似た動きが多いですし、身体の軸を陸で身につける、基本の身体の動かしかたを学ぶということでフィギュアスケートのトレーニングとしてバレエが取り入れられています。

また最近のルールのでは点数を稼ぐためにスピンでより難しい姿勢を取り入れなければなりません。テレビでよくみるスピンの「ビールマンスピン」の姿勢がその代表です。より難しい姿勢をとるためにはより柔軟性が必要となります。しかし、難度の高い姿勢を無理にとろうとすると身体を痛める原因ともなります。身体を痛めずに柔軟性が必要な姿勢をとれるようにするために、フィギュアスケートよりも高い柔軟性を求められる新体操のトレーニングが取り入りられています。

 

 

もちろんバレエや新体操のトレーニングだけでなく、走ったり、筋力アップのためのトレーニングも欠かせません。スケートといえば足さえ鍛えていればよいと思われがちですが、軸をつくるためには腹筋背筋は非常に重要ですし、腕を素早く占めるトレーニングも必要です。そのため、選手たちはそれぞれトレーナーの先生と相談しながら日々トレーニングに励んでいます。

 

選手たちは氷上、陸上を含めて日々自分の身体と向き合い、トレーニングをしています。では、トレーニングの最終目標とはいったいなんなのでしょうか。それは、「自分の身体を自由に動かすことができるようになるため」です。

たとえばジャンプもいつも同じスピードで、毎回同じようにジャンプを跳ぶことができれば失敗することはないでしょう。しかし本人がいつもと同じように飛んでいるつもりでも、スピードがなかったり、跳びいそぎすぎてしまったり、力が入ってしまって踏切がうまくいかなかったりという本当に小さな成功する時とは異なる身体の動きをしてしまうことによって失敗してしまいます。

当然選手たちは失敗しない理想の形を常にイメージし、それに近づくようにとトレーニングしています。しかし、その思い描いている動きをぴったりそのまま再現するというのは世界のトップ選手たちであっても非常に難しいことなのです。

かつてはビデオカメラで、最近はタブレットで練習中の演技を撮影し、見ることで理想の動きに近づけていくという地道な作業を日々繰り返しています。しかし、当たり前のことですが、練習と本番とは異なります。

練習から試合当日の流れを意識しつつの練習もしていますが、それでもやはり試合では緊張してしまいます。この緊張によって身体に力が入ってしまって失敗してしまうのです。途中までは平常心で滑っていても「このジャンプを成功すれば高い点数になる。」ということが頭によぎってしまうとたちまち成功する動きよりも動きが硬くなり失敗してしまいます。

バンクーバーオリンピックのフリースケーティングでジャンプを失敗してしまった浅田真央選手も、その失敗について「このジャンプが成功すれば何点入るということを考えてしまった。」とインタビューで答えています。とにかくメンタルも身体も成功する動きでなければジャンプは成功しないのです。

その一方で技術の高難度化が進み、男子では4回転ジャンプを複数種類跳び、女子では3回転+3回転のコンビネーションジャンプを跳ぶのが当たり前の時代になりました。これほど技術の進歩が進んでもフィギュアスケートのトレーニングの最終目標はいまもなお「自分の身体を自由に動かせるようになり、いつでもどんな状況でも同じ動きができるようになること」なのです。フィギュアスケートをご覧になる時にはぜひ、選手たちの身体にも注目してみてください。

 

※この記事は、CIRCUS第2回特集「いいカラダ。」の記事です。