ところでお二人は海外何年目なのでしょうか?

平野
18年目に入りました

吉澤
私は28年目

竹中
お二人とも長いですね!日本に帰る考えはないのですか?

吉澤
私は定年まで働いて、年金がもらえるようになってから考える。あまり決めないことにしているよ

竹中
お二人とも、海外にいらっしゃったきっかけは?

平野
ドイツリートを勉強しに、学生として。最初は半年くらいプライベートでレッスンを受けようと思ってきたんだよ

竹中
たった6か月のご予定だったのですね

平野
そう。来てみて学校に入ったほうが総合的に勉強できるし、費用も安いことに気づいたので、まずは器楽伴奏科でウィーン私立音楽大学(旧ウィーン市立音楽院)に入学したの。本当はリート伴奏科で入学したかったんだけど、言葉が未熟だったのでそちらは一学期おくれてスタートしたの。

吉澤
私はピアノ科で大学に入って、卒業するまで勉強するつもりだったの

竹中
卒業したら帰国されるご予定だったんですか

吉澤
そうだね。そんな風に思っていたよね

竹中
やっぱり、みんな初めは日本に戻るつもりでこちらにいらっしゃるのですよね。私もそうなんですけど。みなさん、どうしてヨーロッパに残ることになったんですか?

平野
私は、ここでコレペティの神様みたいな人に出会ってしまって。ウィーンに来たばかりの時に、その方が学校の演奏会で弾いてるのを聴いてしまって。で、コレペティってこんなことができるんだ、楽しそうだな、仕事としてやってみたいと思ったの。当時はオペラなんて1年ぐらい勉強したらわかるようになるんだろう、なんて高をくくっていたし。何より、ここで仕事をしてみたい、どのくらい通用するか試してみたいと思ったんだよね。

吉澤
私はこちらに来てすぐ大学の指揮科の授業をピアノでお手伝いするようになったのよね。その授業では、いつも初見で弾かなくてはならなくて。当時は初見にものすごくコンプレックスがあったんだけど、その授業で次から次へとオーケストラの曲を初見で弾くようになって鍛えられたのよね。そして指揮者を見て弾くということを勉強したの。ウィーンに来てすぐに合唱団に入って楽友協会で歌っていたし、3日と空けず楽友協会とオペラ座の立ち見席に通って音楽を満喫して、、そんなことやっているうちに、3年じゃ足りなくなっちゃったのよね。こちらの音楽の世界にすぐにどっぷりつかってしまったの。

竹中
家に籠ってずっと練習しているタイプの留学生も多いですが、吉澤さんは積極的に行動されて来たのですね。それが成功につながったのでしょうか

吉澤
いや、単に図々しいんじゃないかな

平野
やっぱスキルがあったんじゃないかと思うよ

吉澤
私は結構、やりたいことがあった場合は割と図々しく自分から行くタイプなのよね。でも、仕事とかはね、たまたま話が来ることが多いんだよ

竹中
たまたまと言っても、話しやすい、頼みやすい、そしてスキルがあるから声がかかるのだと思いますよ。ヨーロッパに来て仕事がしたくて、ものすごく頑張っても、努力が実らない方もいらっしゃるでしょう。同じくらいの実力があっても、仕事がたくさん来る人、そうじゃない人に分かれてしまうのは、どうしてなんでしょう

平野
コレペティの場合は、特に仕事をするパートナーとして信用できる人かとか、仕事が楽しく効率よくすすむ相手であるというのが大事なのよね。

吉澤
人とのつながりもすごく大事だしね。普通ピアノ科として大学に入っちゃうと友達作るのも難しいのよ。レッスンも先生と一対一だし。それだけではできなかった人とのつながりは、積極的に行動することでできるのだと思う

竹中
私は、留学したのが遅かったからというのもありますが、最初の一年は友達作るのがものすごく大変でしたよ。言葉の問題がやはり一番大きかったと思いますけど

吉澤
言葉の問題は大きいよね

竹中
初めの頃にできた友達は、みんな日本人でした。私にとってそれは、大きな助けとなったわけですが。あの時点で、現地の人たちの現地の団体に入っていくってものすごく勇気の必要なことだったと思います。

平野
私は伴奏科に所属する以上、とにかくドイツ語でコミュニケーションをとれるように、となるべく日本人だけと群れないように心がけていたし、単位落とすの覚悟で副科授業にどんどん出るようにしていたよ。

竹中
留学生は本来そうあるべきなんですよねえ。。単純そうでとても難しいことなんですけど

平野
当時ウィーン私立音楽大学は規模が小さく、授業やレッスンも人数が少なかったの。その分話しかけられたり話さなければならない状況が多かったのもよかったと思う。そのかいあってか、当時お世話になった教授からは「君は最初からよくドイツ語わかってたよね」って。レッスンの内容なんて半分もわかってなかったと思うんだけどね(笑)

竹中
吉澤さんはいかがでしたか?

吉澤
私はウィーンに来たらすぐにコミュニケーション取りたかったから、留学する前にドイツ語は勉強していたよ。来た時にはある程度話せていたのがよかったのかなあ

竹中
どの程度のレベルでいらっしゃいましたか?

吉澤
日本でA2というコースを修了してきたので、B1のレベルだったよ

竹中
私は完全に付け焼刃でウィーンにやってきてしまったのが敗因ですかね。。言葉を準備してくるということは大事なことなんですね。

平野
私もドイツリート伴奏法を勉強したい以上、必須ということで日本でかなりドイツ語は勉強してきたよ。B2くらいもってたかな?ウィーンなまりのドイツ語はなかなか聞き取れず苦労したけど、その分自分の言いたいことは言えるようにしようと、毎晩次の日言うセンテンスを家でよく練習してたな~

竹中
今、こちらの音大に入学するにはB1の試験を合格する必要があるんです。なので、今留学されている学生さんは皆それくらいのレベルを持ってウィーンにやって来ています。それでも、やはり吉澤さんや平野さんのようにチャンスを生かせる人って少ないと思います。もともとコミュニケーション能力が高いのかもしれませんね

吉澤
言葉が好きだったからね。人も好き

竹中
私はね、割とダメなんですよ。オーケストラの休憩時間とかはむしろ一人でいたいんですよね。一日中ドイツ語って疲れちゃいますし

平野
私もそういうタイプだったかな。でも、最近はコミュニケーションをとるのって、一緒に仕事をする以上、ある程度大事だなって思うよ

吉澤
大事よ。私がオペラ座の仕事をもらったのは、コミュニケーションも含めてだったみたいよ。同僚とか合唱団員とどういう風に接しているかとか、見られていたらしいの。チームの仕事だからね

竹中
わかっていても、なかなか難しいんですよね。家でも外でも常にドイツ語っていうのは、、。本当に尊敬します!

コレペティになってみたいという人に、コレペティはお勧めの仕事と言えますか?

吉澤
自分がどれだけやりたいかだよね。でも、向き不向きはあるかな。それが自分にとって幸せならば、やるべきかな。何の世界でも同じだけど。でもね、お勧めではないかな(笑)

竹中
お勧めではないんですか(笑)

吉澤
仕事はいいことばっかりじゃないからね。コレペティは特に報われない仕事でもあるし

竹中
それは舞台の上で拍手を浴びることができる仕事ではないから?

吉澤
さっきも言ったように、いなくてやっと気づいてもらえる仕事だからさ(笑)

竹中
納得です(笑)

海外で活躍してみたいと思っている日本人の後輩にアドバイスはありますか?

平野
語学を勉強することね

竹中
歌に関係があるから?

平野
それだけじゃなくてコミュニケーション能力って日本人は少ない方だと思うから。パーフェクトじゃなくてもいいし、英語でもいいから、コミュニケーションをとる能力はあった方が圧倒的に有利よ

竹中
海外で勉強したい、働いてみたいという日本人に海外に出ることはお勧めできますか?

平野
どうしたらいいか迷っている人には勧めない。やめときなっていうよ。

竹中
むしろ止めるんですか?

平野
本当にやる気のある人はね、止めたって出て来ちゃうの。だから来るなって言われて出て来ない人は、それまでだと思うのよね。

竹中
なるほど、それは確かにそうかもしれませんね。

ウィーンでコレペティとして働いていて幸せですか?

吉澤
そうね。毎日同じことの繰り返しだけど、それでもその毎日を大切にしているよ。

竹中
ピアノを弾く人には憧れのお仕事ですものね

吉澤
うーん、、、。国立歌劇場の仕事が決まったときに、夢の仕事に就くことになって幸せでしょう、なんて言われたけど、奥歯に物の挟まったような返事しかできなかったのよね

竹中
それはどうしてでしょう

吉澤
長年ピアニストとして多様な仕事をしてきたことが、オペラ座だけの仕事になってしまうと思ったから。でも結局最近は、劇場外でいろいろ弾けるようになって、いいバランスになってるかな。オペラ座の仕事楽しい?好き?と聞かれると、楽しいとか好きとか、そういうのではないんだな、と。何年かやってみてね、これは「使命」なんだと。

竹中
使命ですか

吉澤
すごく仰々しい感じだけど、他に言いようがないのよね。それと、劇場という職場には運命の様なものを感じるの。「使命」だとか「運命」だとか、そんな風に思えるところに今辿り着いているというのは、すごく幸せなことなんだと思う。

竹中
平野さんはいかがですか?

平野
何はともあれ、大好きな音楽で仕事ができいるというのは幸せなことと思っているわよ。そりゃもちろん仕事上、というか人間関係からくるストレスはあるし、毎回この仕事やり遂げられるだろうか、って不安に思うことはあるけど。吉澤さんと違って、私の場合仕事の内容がその時によって大きく変化するの。大学でわりと普通にコレペティしたり、オペラのプロダクションに携わってこもりっきりなったり。要求されるスキルもその都度異なるから、仕事内容が変化に富んでいて楽しいよ

竹中
吉澤さん、平野さん、今日はありがとうございました!

ピアニストが人との関わりを求めて、たどり着いたコレペティというお仕事。その仕事の多様性に、私はすっかり魅了されました。

何の仕事を目指すにしても、自分の起こしたアクションの一つ一つや努力が道を作っていくものなんですね。一度きりの人生、積極的に動いて行って損はない、と励まされたような気分になる座談会でした。

吉澤さん、平野さん、ありがとうございました!