被災地の今
– 震災から5年経っていますが、当時と今とで被災地は変わっていますか?
物理的に境界線がどんどん内側(原発側)にきています。帰れなかったところが帰れるようになりました。人が増えましたね。
出典:http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/cat01-more.html
– 原町は原発に近い?
20〜30km圏内。
– まだ原発にたいする意識は残っているでしょうか?
頭から離れることはないでしょうね。また何かあったら逃げないといけないし。
西に行くと飯舘なんですが、その間に山があって。山に近づくほど線量が高くなります。ほんとに1km,2km行っただけであがる。
だから山のほうに行けば危ないってことは知っていますし。この地域は海と山に挟まれていて、海の幸や山の幸に恵まれていたんです。いまは魚は食べられるけど、山菜はもう食べられない。
あと、除染の業者がすごく多くて、そういう「よそ者」が多くなっています。そこは前とは全然違いますね。原発の作業員もこのあたりから出発しています。原発で働いている人は昔からいましたが。
– (旧避難指示区域を指して)このあたりは入れる?
入れますね。
– 入れる区域が広がっていくといいですね。
いや、僕は避難区域を縮小していくことには反対なんです。
避難区域を縮小させているのは、お金の問題だと思っています。避難区域が広いと、東電や国の金銭的負担が大きいからです。補償金を出さないといけないから。
だから、縮小したい、というのがある。ここはダメなんじゃないのっていう区域も、避難区域から外れてしまっています。
そのまま人が戻っていいのかわからないし、それを言えば南相馬もいいのかなというのも最初はありました。
放射能は見えないから・・・。5年後に人が死んだとして、何が原因なのかなんてわからない。人によっては東京だって危ないとか、日本も危ないとか言う人もいます。
– 子どもたちがそういう地域で育つというのが、なんというか不思議な気がします。「すぐ近くにものすごく危険なものがある」っていう意識がある状態で成長していくわけですよね。
関西だったらネタにしそうですけどね(笑)
特殊な環境だし、避難していたらなおさらです。PTSDの子も多いと聞いています。
福島だけじゃなくて岩手とか宮城とかもそうですけど。
– 子どもたちは普通に暮らしていますか?
何をもって普通というか・・。公園には線量計があります。
– 初期に取材で撮った高校生たちは、就職したり大学に行ったりしているかと思いますが、それは地元で?
まちまちですね。東京にきたりもしています。
小高という町で撮った子がいるんですが、小高はもともと仕事が少ない地域だから、町を出ていくのが規定路線のようなかんじです。だから震災や原発のことがあったからということではないかもしれないですね。
仕事がなかったですから。いまだったら除染の仕事とかあるんでしょうけど。
– 若者からすればできればやりたくない仕事になるんでしょうか・・・
でもお金はいいですからね。
いろんな会社があるからそれぞれ違うんでしょうけど、このあたりの賃金水準から比べると全然高い。
原町の「すき家」は昼の時給が1200円ですよ。人がいないんです。除染作業との関連もあって、飲食業界は潤っているようなんですが、若い人がいない。人手不足のため営業5時まで、とか。

– 人を集めないと復興にならない、ということなんでしょうか。
うーん。何をもって復興というのか。もとに戻すのは・・もとには戻らない。逃げていった人は戻らないし。
原発には物理的に近いし、若い人はいないし、高齢化は進んでいるし・・・何かしないといずれ廃れていってしまうでしょう。今はまだいいですけど。
– 補償金もある。
とはいえ避難区域から外されてしまったらそれも止まってしまいます。自力でやらないといけない。(双葉、大熊あたりを指して)このあたりはまた違うんでしょうけど。
– 多少は離れているとはいえ南相馬で暮らしていくのは大変でしょうね・・。あんなことがあっても、南相馬で暮らさないといけない。
現実問題として、収入の問題がありますからね。
– やはり仕事の問題なんでしょうか?
避難先で仕事が見つかればいいですけど・・・。家のこともありますし。
– チェルノブイリは町ごと捨てられました。
そこは国の方針というのもあると思います。国が、住んでいいよ、と言ってますからね。
– 国民性のようなものもあるのでしょうか?
農耕民族というのもあるんじゃないでしょうか?土地から離れられないっていう。
それと、忘れたいっていうのもあると思います。
– 忘れて今までとおりに暮らしたいっていうことなんでしょうか?
そういうのもあると思いますね。
それに地方ということもあると思います。東京に住んでいる人ほど気楽には動けないですから。難しいです。

– まだ仮設住宅があるんですね。
あります。もうすぐなくなるみたいなんですけど。山側の人がまだ帰れないんです。

– 人は入ってるんですか?
ぱんぱんですね。抽選抽選で。入りたくても入れない。

– これはどこかに送られるのを待っている状態なんですか?
このままここに置くんじゃないんですかね?いちおう仮置き場っていう名称ですけど、処分場が決まっていないです。

サーフィンも普通にやってますね。最初はいなかったんですけど、2年目くらいから見るようになりました。こないだ行ったらわんさかいましたよ。
もともとはワールドカップが開催されるような有名なサーフスポットだったらしくて、いい波があるらしいですね。
– みんなもう安全だと思っている?
潮流とかあるらしいですよ。
安全かどうか・・そのあたりは自分の線引きですからね。
– 誰かがやりだすと、ここは大丈夫なんだみたいなかんじになるんでしょうか?
そうですね。
ライフスタイルに組み込まれてるから、安全と言われたらやりたいんでしょう。
それをあれこれ言ってもしょうがないのかもしれません。
海産物も出荷されてるみたいですし。海の方は線量が低いので、かえって安全だと言ってる人もいます。
– とはいえまだ積極的に食べたいとはならないかもしれないですね・・・
まあそこは人それぞれですからね。
食べたくなかったら食べなければいいし。
ただ地元に住んでいたらそんなことは言ってられないですからね。住むってそういうことじゃないですか。
諦めというわけじゃないけど、暮らしていたら、気にしていてもしょうがない。暮らしていけない。
住むと決めた以上は。