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長らく暮らした東京のド真ん中を離れふらふらっと上洛、京の都に居してこの夏で2年になり申す、関東のへげたれです。ちなみにこの連載のタイトル「あずまうどのういきょうのぼり」とは「東人の初京上り」と書きますんでね。ひらがなで書かれてもさぞかし理解不能でしたろう。桃太郎。

そもそも私めが、こよなく愛していた東京を離れた理由は、ここに書くのも嫌だし人に言うのもうんざりする、東日本に存在する国家的かつ国際的かつ地球的な瑕疵からなのでありまして、まあぶっちゃけ「やむを得ず」移動したのであり、心は概ね難民、いや語弊があれば何なら“なんちゃって難民”とでも。この際つまらぬ追従や粉飾を一切せず申し上げれば、別に京都が好きだから転居したわけではありません。

そんな事由などは、それこそ1000年の都…いや1200年の都からしてみれば知るかボケという話なので、私の方もどうでも構いつけませんのですが、話を聞いてくれそうな雰囲気の人にはそんなやるせない心情を吐露する油断も、私も人間ですからして、ままあるわけですおね。まあ、大抵の人は知るかボケ、ですが、たった一人だけ、静かに笑って

 

「京都を愉しんでくださいね」

 

と仰ってくださった京都人がおりました。少しの押し付けがましさもないままに、それでいてそっと背中を押すような、何たる洒落乙、はんなりした物言いなのでありましょうか! どうも私の記憶装置は大方の人と異なり少しくイカレポンチであり、脳内は時系列を全く無視したパラレルワールド、覚えようと思ったことは灰白質に刻印のように刷り込まれ、決して色褪せることなくいつでも昨日のことのように取り出せる特徴があるようなので、ホント一生忘れませんよ、この言葉。嗚呼、有難う。(いや、マジで)

 

だってまあ、京都は住みにくい街ですよ。正味な話。よく称される「京都人はいけず」これはまあ、通奏低音のように基本なのでありまして、客商売であるのに奇妙なまでに意地の悪い店主などには、正直もう慣れました。よくよく観察するに、決して「いけず」通り一辺倒にあらず、深層にはよく知らん人に対する「怯え」があるのではないかと思い当たった次第。恐れおののくあまりに、ぶっきらぼうとなりにけり。いいよ。それは。もう慣れた。

それより、日本一どころか世界一を争うほどの観光地であるが故の、「超管理社会」であることの方に一抹の息詰まりを感じます。例えば、人口の多い街にはよくあるはずの放置自転車。あれがですね、京都市内には1台も存在しねえのです。ええ、1台も! 一見「綺麗で良いな」と思いそうなもんですが、いざ暮らし始め、生活する立場となってみるとそれが同時に恐怖体験へと変わるのだ。ある時、先を急ぐあまり、ちょっとここに停めさせてもらおっかな、と、とある家屋脇に自転車を置いてそこから電車に乗りまして、所用を済ませ戻ってきたら見事に「自転車が無い!」という洗礼を受けたんですが、自治体の手によりトラックに乗せられてどこぞへ運ばれたのかなと思いきや、なんのことはない、私の自転車は放置場所からごく近い鴨川べりの草むらに「ぺっ」と吐き出されていて。いかにもそこらの個人の所業と見え。一体どこの誰が数時間ごとに巡回し、異物を排除しておるのだろう、それは地域の持ち回りの「係」なのか、はたまた頼まれたわけでもないのに率先して行う自主的排斥運動なのか、いわゆる「駅前」ではない変哲もない住宅地の一角であった(駅前にも放置自転車は1台も無いっす)が故に、ホラー映画でも見たように背中に冷水浴びちゃった事件。

こんなことは枚挙にいとまがございません。なんつーの、京の都は音もなく動きもないままに、じとーっと相互監視が行われ、これまた音もなく目立つ動きもないままに、熾烈かつ個人的な排斥・管理が行われているおっとろしい街なのであります。多分。(ほんとか)(おそらくほんと)(っていうか有料駐輪場に停めろよと。あ、はい)

 

さて、もう少しおっとろしくない部分で改めて思う、あずまうどがういきょうのぼってしみじみと痛感することの筆頭おさらい事項、それは

 

言葉が違う!

 

…当たり前じゃないか。と、怒り出したくなるでしょうけども、コトはそう簡単じゃねえです。外来のこちらが話すのはトツトツと関東語、一方この地に住まう方々はツケツケと京言葉。この厳然たる事実、慣れぬうちは先方が話すのが京言葉であるということに「しか」注意が行き届かぬものなのであります。往来のご婦人の「あの人来ぃひんなぁ」とか、不動産業者の叱責「もしかして猫飼ってはります?」とか、耳に入る異な言葉たち。そして受ける印象は「わあ外国みたいだなや」的、至極呑気なものです。

一方で自分が「関東のへげたれ語」で話しているという確固たる事実、こちらには容易に思いが至りませぬ。そんなもんなのだょ、灯台下暗し。暮らし安心クラシアン。アンコ椿。

だって自分が京都の方及び関西圏の方と話す時、関東語で話しているという意識など微塵もなく、まあ息するのと同じく、無思考のままに、何の配慮もなく、ただしゃべり散らしておるわけ。一方で、会話の相手はと言うと、おそらくはこれまた無意識に「関西人が試みるチョット関東風な話し方」で少しく合わせてくださっているかと思われ。だから尚更気付かぬのだ、日常の我が振りには。

それが故に「なんだか外国にでも住んだような気持ちだよ。愉快だなぁ、あはは」とか珍しがっておれる。…のは最初だけで、そのうちヒシヒシと何やらの「疎外感」に苛まれる時節が到来するのだな。なんつーか話していても相手との間に1枚見えない壁が存在するような、異物感を抱くようになってくる。なんでか。それは自分が

 

「関東語を話しているから」

 

に他ならぬのであります。そうだったのか! そこだったのか! ええ、案外意外存外、じつはそこんとこなのでありますよ。聞けば京都のような全国的に有名過ぎる排他的伝統領域のみならず、広く関西圏では「関東のへげたれ語」を聞くと「わーテレビで聞くのと同じ言葉、ひえー」と薄っすら引いていたりするものなのだと。

ということは関西のみならず西日本全域でそのような事情。思えば自分も都内でコテコテの関西弁を聞いたら「うわあ関西人だ」と。実家に住んでた十代の頃、近所に沖縄からの移住家族が到来し「えー沖縄!」と。いちいち驚いていたわけだよなぁ。その驚き、差別的とは言わぬまでも、とてもじゃないがのっけから「いやいや同じ日本人ですおね」的な一体感仲間感なぞは、存在してなかった。と言い切れる。

かようなグローバル化社会の時代にあって、細長い日本国内で東だ西だといつまで宣っておるのかと思われるご貴兄、そうは言ってもですね、差異や区別の領域というんは近しい者同士、微細な違いの比べ合いの中にこそ「巣食う」ものなのであります。そこんとこ頭ッから否定して「区別は止めるべし」「仲良きことは美しき哉」とか言い放ったところで、事実の押し込め問答にしかならず、具体的解決には一向ならず、というか土台解決などは一生無いわけで、その前に日本が亡くなる方が先だろう予測、まあどーにもならぬのです。我々日本人がアフリカ人に対しとんでもなく辛く当たるなどということは、そもそも良く知りもしねえ人種に対しそらねえわという一方で、古来から切り離せぬ間柄であるところの近隣国とは一向小競り合いが絶えぬのもこれまた、同族・微細な差異嫌悪の賜物なのでありましょうや。ったくなあ。

 

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でも皆さん、喜べ。かように小競り合っておるのは人間のみならず、地中蠢くモグラさえも、「天下分け目の関ヶ原」を執り行っているという話。へ〜、モグラもか! だったらしょうがないよね。米沢牛。

何でもこの列島には似たような大きさで似たような環境を好む比較的でかいモグラ「アズマモグラ」と「コウベモグラ」というモグラがおってですね。元来はアズマモグラが列島全域頒布していたらしいのですが、ある時大陸外来のコウベモグラがアズマモグラの生息地を圧迫し始め、結果アズマモグラは東へ東へと居住地を追いやられていったと。現在コウベモグラは丁度、関ヶ原のあたりまで迫っているとかいうモグラの噂です。いやいや、富士山まで席巻しているぞという説も拾ったので、詳細は不明です、モグラに聞いてくれ。何しろ普段は地中に棲み安心して暮らしているクラシアンなモグラのことですから、高地が苦手という特性があり、それがために山麓なんかで闘いが「一時休戦」となる傾向であるらしいです。しかしモグラの中にも知能犯は存在するもので、山脈なんかを避けて回り込むようにして攻めたろうかいという奇矯な個体もいるとかで、そんなのが進路を拵えたらますます下るよ、コウベモグラ。東へ、東へと。

 

さて、人間である私個人はというと、京都に住んで2年になんなんとするわけですが、本音を申し上げますともっと西に移動してゆきたいです。それはべつに今現在住まっている京都が嫌いだから、というわけではなく、それどころかこのややこしい街は、そのややこしさ故に汲めども尽きせぬ興味の源、井戸よりも日本海溝よりも深しと襟を正す毎日です。

そうではあり申さず、所詮どこに住もうが死ぬまで「余所者」だからに他なりません。なんつーかそんなの今に始まった話でもなんでもなく、生まれつき「地元意識」を著しく欠き、フルサトという単語にも1ミリのシンパシーをも感じた覚えのない自分はやはり、農耕民族でなく濃厚民族とか、なんかそんなの。かくして流浪を繰り返した結果、枢軸を見失い、どこであれ「居る理由がない」状態と相成ったよ。わはは。だったらどにへ行っても同じじゃないか、ジャマイカ♪ とゆこと。いっそのこと季節が変わる度にいろんな街を渡り歩く生活がしてみたいなぁ。キャンピングカーに住んで居所不定、「なんちゃって難民」を名刺に刷り込んで、各界挨拶して歩いたろかなぁ。

 

さて、話題がアサッテの方向へ飛んだところで、この「あずまうどのういきょうのぼり」も目出度く最終回となります。また、どこかでお会いしましょう。私はいつでも流浪かつ浮遊し、ネットの世界にのみ存在しておりますのでね。アディオス。