1200px-spaghetti_carbonara

photo by Popo le Chien

世界中を探して、イタリア料理店がない国を探すのは至難の業だろう。

イタリア国民も、自国の料理に絶大なる誇りを抱いている。そのためか、食に関するニュースは毎日新聞を賑わせる。それだけではない。よりおいしく、より健康的に、という向上心も、イタリア人は失っていない。数ヶ月前、パーム油の危険性が新聞の第一面を飾ったが、大手スーパーチェーンのコープは、さっそくパーム油入りの食品を店頭から撤退させたし、大手食品メーカーも次々に「パーム油なし」の商品を開発している。

不況が叫ばれて久しいイタリアで、唯一気を吐いているのが「オーガニック食材市場」というのも世相を反映していると言える。「オーガニック食材」が登場した当初は、高価なその食材を購入するスノッブな人々を揶揄していたのが一般的なイタリア人であった。それが、ここ数年でオーガニック食材市場は二桁台の伸びを示しているのだ。もはや、オーガニック食材は庶民の生活にも浸透しつつある。食べ盛りの子供を二人抱えている家庭では、オーガニック食材で食卓をまかなうのは経済的にかなり厳しいというのは変わらぬ現状ではあるけれど。

 

その一方で、世界中で「偽イタリア食材」が販売されていることを、イタリア専業農家連盟 ( Coldiretti ) は憂えている。イタリア国内では、食材のブランドを名乗るには厳しい審査が必要だ。それなのに、世界中で蔓延する「偽イタリア食材」は、いかにもイタリアらしい響きを名乗っているが、一切の審査を受けていない。つまり、味も香りも生産地も、オリジナルの「ブランド食材」とは関係のないものなのに、消費者の多くはその違いに気がつかないまま偽イタリア食材を購入し、「これぞイタリアの味」と悦に入っているのではと、イタリア農業関係者は憂えているのである。

イタリア食材の輸出は、ここ十年で驚異的な伸びを見せている。2015年の輸出額は4兆5千億円。しかし、これを遙かに上回る規模で「偽イタリア食材」が世界中で売られているのだ。その額、なんと7兆円の余である。

 

というわけで、イタリア外務省の音頭で、今年の11月21日から世界の105カ国が参加し「真のイタリア料理を守る」イベントが1300も開催される。もちろん、日本も料理コンクールや試食会など10のイベントで参加している。

 

おりしも、イタリアでは「カルボナーラ・スキャンダル」が新聞紙面を賑わせている。イタリアの大手パスタメーカー「バリッラ」がスポンサーとなっているフランスの料理レシピサイトで、「フランス流カルボナーラ」が紹介されており、その内容があまりにイタリア本家の「カルボナーラ」を侮辱するものだ、というのがスキャンダルの内容である。スポンサーとなっていたバリッラのサイトには、「なにを食べているかという自覚はあるのか」という詰問調のコメントが相次いだ。イタリア人のあまりの反発に「我々は、カルボナーラのあらゆる変形ヴァージョンを許容します。しかし、このレシピは想像を超えていますね、ごめんなさい!」という逃げの姿勢に徹している。

それでは、実際にどれほど「本家」と「分家」のカルボナーラはかけ離れているのだろう。いわゆる「正統」なカルボナーラは、グアンチャーレと呼ばれる豚の頬肉のベーコンを使用する。混ぜるチーズは、パルミジャーノチーズではなくペコリーノチーズ、油はオリーブオイルを使用し、卵の黄身部分のみを用いる。

スキャンダル視されたくだんの「フランス風カルボナーラ」は、キャセロールにタマネギとベーコン、乾燥パスタを入れて水で15分煮込んでいる。火が通ったパスタに、生クリームを加え、できあがりには卵黄とイタリアン・パセリを乗せているのだ。

パスタの普及のために、このサイトのスポンサーとなっていたバリッラはイタリアでは裏切り者扱いをされる始末。とはいえ、たかだかパスタ一皿の話である。日本では生クリームが入ったカルボナーラを普通に食べていた私には、イタリア人のこの過剰な反応は噴飯ものであった。

 

実際、イタリア料理の「正統性」を守る必要があるのか、という学者も多い。

イタリアの家庭でカルボナーラを作る場合、冷蔵庫の中にグアンチャーレがないからパンチェッタを使おう、という人は少なくないだろう。ペコリーノチーズを切らしているから、代わりにパルミジャーノを使おうというのは我が家でもよくある。だからといって、カルボナーラの正統性ウンヌンを言うのは笑止だし、家庭によってはカルボナーラにタマネギやニンニクを入れる人もいるだろう。「正統」なカルボナーラを主張する人は、こうした食材はカルボナーラを作るには相性が悪い、と主張する。しかし、「おいしい」とか「まずい」とかは感性の問題であって、レシピが正統か正統でないかをいちいち論ずるのも狭量な話ではないか。

レシピの正統性を声高に叫ぶのならば、レシピの発明者が自らの名前なり名字なりを冠して特許でも取らないかぎり無理で、「伝統的な」という形容詞をつけるだけでは「正統性」は主張できない、というのがある栄養学者の意見だ。「伝統的な」というだけでは、誰がどのように正しいレシピのあり方を決定するのか非常に曖昧であるのだから仕方がない。イタリアの郷土料理は、その土地の産物と密接な関係があるから、最低限のルールは必要だろう。カルボナーラで言うのならば、ベーコン、卵、チーズを使ったパスタ、という程度のルールだ。実際、生の卵の黄身をパスタの上に乗せるレシピは、1970年代にはボローニャですこしばかりはやったことがあるのだそうで、なにもフランスの専売特許ではないのである。それでは、と言うわけでイタリア人は「この料理を『カルボナーラ』と呼ぶな」と言い出す。しかし、あるレシピからインスピレーションを得て少しばかり変化を加えてだけで名前は変える必要があるのか、とある学者は言っていた。イタリア人から見れば、世界各地で作られる「カルボナーラ」はまるでホラーである。しかし、本当にそれが不味いのならば、そのレシピが生まれた場所で、やがてふるいにかけられて消えていくだろうと言うわけだ。

 

一般的なイタリア人が自国の料理の正統性やオリジナリティーを叫ぶ一方で、歴史学者たちが冷静なのは、イタリア料理でさえその起源を突き止めるのが非常に困難という事実があるかららしい。

フランスの歴史学者マルク・ブロックは、『歴史のための弁明』の中で、歴史家たちが年代的な起源について没頭するのは悪しき習慣であると批判した。実際、料理のレシピもよほど著名な料理人が宴会のためのレシピを公表し、何月何日にその料理を世間に知らしめた、という記録でもない限り、「起源」など突き止められるべくもないのである。

 

たとえば、最もイタリア的な料理である「トマトソースのスパゲッティ」を見てみよう。

スパゲッティの起源はアラブである。これが中世の時代、シチリアにもたらされて、イタリア半島に大普及をする。技術的な改良も加えられて、スパゲッティはイタリアを代表する食材のひとつになる。このスパゲッティとトマトの組合せがはじまるのは、19世紀に入ってからだ。18世紀までは、トマトを使ったソースは「スペイン風ソース」と呼ばれていた。南米の植民地から、トマトをヨーロッパに伝えたのがスペイン人であったからである。しかし、南米の人たちはトマトを何世紀にもわたって食べていたのだ。となると、「トマトソースのスパゲッティ」の起源を述べるのは、歴史学者には非常にばからしいことになるらしい。それよりも、イタリア半島にもたらされた食材がどのように発展し改良され、新たな料理が生まれたのか、ということに熱中する。マルク・ブロックによれば、「起源の追求」は歴史的にほとんど意味がない、ということになる。

 

もう一つの例を見てみよう。世界中で知られている、「スパゲッティ・ボロゲーゼ」はどうだろう。日本では「ミートソース」と呼ばれるあれである。

実は、その名前が冠されているボローニャには「スパゲッティ・ボロゲーゼ」は存在しない。この名前が世界に知られるようになったのは、アーノルド・ウェスカーの戯曲「調理場」のシーンからであるという。また、アメリカで発展した「ミートボール・スパゲティ」もおそらく、この「スパゲッティ・ボロゲーゼ」の流れをくむ料理であろうが、これが有名になったのは、ディズニー映画「わんわん物語」に登場したゆえだという。

それでは、ボローニャとこれらのパスタはまったく無縁なのか。答えはノーだ。ボローニャには、「ラグー」と呼ばれる挽肉の入ったトマトソースが存在する。ボローニャの人たちは、郷土料理の「ラグー」と世界中の人々に愛される「ミートソース」の相違に面映ゆい思いをしているらしい。しかし、その愛されている料理に「ボローニャの」という形容詞がつくことに対しては、訂正する気持ちはないのだそうだ。

 

私は、イタリアの農家や酪農家が、ベテランも若い世代も一丸となってその改良に努力を怠らず、美味を世界に紹介していることは非常にすばらしいことだと思っている。それらが、正しく評価されるのは当然のことだとも思っている。そして、我々消費者は彼らの努力に対して正当な価格を払うことは理に適っていると思う。現在のイタリアは、農家酪農家の努力により、285に及ぶ原産地名称保護制度 ( DOP ) を名乗れる食材、415に及ぶ原産地統制呼称 ( DOC DOVG ) を名乗るワインを産出する唯一の国ということになっている。そして、オーガニック食材の開発を続ける農家も5万軒を誇り、世界の中でも突出した存在なのである。

が、イタリア人がイタリア料理に対してイタリア人らしからぬ不寛容を示すのはいただけないと感じた。どこの国の料理も、国境を越えて伝われば、その土地の影響を受けずにはいられない。日本のカルボナーラに生クリームが入るのは、日本国内のチーズの高価格と無関係ではないだろう。先日、日本のイタリアレストラン「サイゼリヤ」の社長が、イタリア中部地震の被害地に莫大な募金を寄付して話題になった。サイゼリヤで「スパゲッティ・アッラ・アマトリチャーナ」を注文すると、一皿につき100円が寄付されるというシステムであったそうだ。そのポスターが、イタリアのニュースでも見ることができた。「アマトリチャーナ」はもちろんトマトソースが入った赤色、そのかたわらに「アマトリチャーナ・ビアンカ」(注:イタリア語で「ビアンカ」は「白」を意味する)という一皿があり、私は思わず笑ってしまった。あれは、イタリアではきっと「スパゲッティ・アッラ・グリーチャ」と呼ぶ一品だろうが、「アマトリチャーナ・ビアンカ」も粋な名前ではないかと思ったのだ。なによりも、「アマトリチャーナ」と名づけられた一品を注文することで募金ができるというシステムがウリなのだから、料理名を間違ってるなどというのは無粋というものだ。

いずれにしても、イタリア料理を愛する人々が世界中にあふれているという事実に変わりはないのだから、イタリア人も本家らしく度量広く構えていたほうが賢明だという気がする。イタリア人をからかうことが大好きなフランス人に、またその隙を与えてしまいますよ、と忠告したい気分になる。

 

参照元

http://www.repubblica.it/sapori/2016/11/21/news/settimana_cucina_italiana_nel_mondo-152474745/

http://cucina.corriere.it/notizie/16_aprile_06/morte-carbonara-disastrosa-video-ricetta-francese-la-pasta-barilla_1fe317d8-fbde-11e5-a926-0cdda7cf8be3.shtml

http://eventisistemapaese.esteri.it/Eventi/cucinaitalianamondo/elenco.asp

http://www.dagospia.com/rubrica-29/cronache/carbonara-cosa-nostra-scandalo-gastronomico-fa-litigare-italiani-122554.htm

http://www.repubblica.it/sapori/2016/11/19/news/carbonara_ricetta_tradizionale_o_innovativa_con_cipolla-152318862/

http://newsitaliane.it/2016/olio-palma-ancora-accusa-la-coop-rinuncia-annuncia-ritiro-200-prodotti-86728

Massimo Montanari 著 Il Sugo della storia Editori Laterza