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photo by Gareth Williams

 

※この記事は、特集「よくわからなくなるお金のはなし」の記事です。

 

私は自分の仕事が好きである。

オーケストラで弾いていれば素晴らしい音楽作品や演奏家に出会うことができるし、舞台の上で演奏する機会を定期的に得ることができる。仕事でいろいろな場所に行くことができるのも、私のお気に入りのポイントの一つである。

しかし、いざ自分の子供が

「音楽大学に行って、オーケストラに入りたいな。」

などと言い出すことがあれば、

「え?あ、あれー?本当かなー?や、薬剤師とか、税理士とかのほうが楽しいんじゃないかなああああ?」

と、上ずった声で冷や汗を流しながらウロウロ動き回り、挙動不審な態度をとってしまうのではないかと思ってしまう自分がいる。

音楽家として食べていくのは、そうそう簡単ではない。

それだけではない。一人前の音楽家になるまでには、莫大な投資が必要になるかもしれないのである。

今日は、ちょっと現実的なテーマ。音楽家とお金のお話。

 

1.音楽大学のお値段

ソリストはその限りではないかもしれないが、プロのオーケストラ団員で音楽大学出身でない人を見つけるのは、ちょっと難しい。

プロの音楽家になるのに、音楽大学出身でなくてはならない、というルールはもちろん存在しないが、多くの人が音楽大学に進むことを選択するのには、そこにもちろんメリットがあるからだ。

音楽大学では、自分の楽器の演奏技術を磨くのみでなく、音楽史や聴音など、幅広い音楽の知識や役に立つテクニックを学ぶことができる。周囲もみんな音楽家を目指しているという環境なので、仲間と切磋琢磨しあいながら伸びていくこともできる。

室内楽などのアンサンブルグループを作るためのメンバー探しも、音楽大学なら容易だ。いろいろな教授に知り合うことができるので、コネクションを作ることもできるし、様々な情報も得やすい。

ただし、高い!

もう、びっくりするほど高い。

国立の東京藝術大学は安いと言われるが、それでも入学金を含む初年度納付金は99万8860円。

国立でこの金額なのだから、私立はもっと大変なことになっている。桐朋学園大学音楽学部の初年度納付金の合計金額は270万6600円。東京音楽大学は231万2000円だ。(2016年度)

たった一年でこの金額。。。何コレ。眩暈がする。

そう思うと、私が通っていたウィーン国立音楽大学は安かった。ウィーン国立音楽大学は、オーストリア国籍、もしくはEUに属する国の国籍を持つ学生、または学生ビザ以外で滞在している学生ならば、学費はタダなのだ。オーストリア、EU国籍以外で、学生ビザで滞在している学生は学費を払う必要があるのだが、それでも1年1453,44ユーロ。1ユーロ130円換算として、たった18万8947円。

ちょっとびっくりの安さである。国立だから安いのだろうかと思いきや、ウィーンの私立の音大、MUKも学費は一年で2000ユーロ(1ユーロ130円換算で26万円程度)。私立なのに、国立と大差ない金額なのである。

これでは、飛行機代と部屋代、生活費を差し引いても、日本の私立の音大に行くより留学したほうが安いくらいである。

日本の音大には日本の音大にしかない良い所がたくさんある。将来的に日本で活動していくのだったら、日本の音大で学んだ方が良いことも多いから、「音大を目指すならば是非ともみなさん留学するべきだ」、とは私は言わない。でも学費だけ見ると、日本の音大がヨーロッパの音大より圧倒的に高いことは、まぎれもない事実だと思う。

 

2.楽器のお値段

プロの音楽家になろうと思ったら、楽器を買う必要がある。

楽器の値段は、どの楽器かによっても違うし、例え同じ楽器でもピンキリなので一概には言えないのだが、そう安いものではないことが多い。バイオリンだったら、まず楽器自体に数百万円は覚悟しなければならない。しかも、買ったらそれきりというわけではない。メンテナンスにもお金がかかるのだ。

バイオリンに張られている弦は4本。この4本の弦は古くなると、取り換える必要がある。交換時期は、弦が切れない限りは自己判断だが、響きにこだわる人ならば2週間に一回くらいの割合で取り換えている人もいる。弦にはとてもたくさんの種類があり、これもまた値段はピンキリだが、4本セットで1万円以上はみた方がいいだろう。

そして、バイオリンの弓に張られている白い糸。これは、馬の尻尾の毛でできている。この弓の毛も、定期的に交換しなければならない。こちらも交換時期は自己判断だが、大体半年に一回くらいが目安だろうか。この交換にも6000円から1万円程度かかる。

バイオリン弾きは、自分の健康診断はサボるくせに、自分の楽器の調整にはマメに通う生き物なので、それにも費用はかかるし、楽器を破損したり盗まれたりするリスクを考えて加入する保険の代金もバカにならない。

気が付くと、車一台持っているような維持費で泣けてくるのだが、商売道具なのでケチるわけにもいかない。

バイオリン奏者はお金がかかりそうだ。なるならお金のかからない楽器の奏者がいい。そうだ、指揮者ならいいじゃないか、指揮棒なら安いぞ!と思われる方もいるかと思うが、指揮者はピアノが弾けないといけないので、まずピアノを購入しないといけないし、ピアノの他にも何か一つ、なんらかの楽器を弾ける必要があるため、その楽器のお金もいる。それに、大量の楽譜も買って勉強しなくてはならない。結局お金はかかってしまうのだ。

楽器にお金をかけたくないなら、声楽家になる以外にない。体自体が楽器なのだから、実質無料である。でも、器楽奏者と違ってちょっとでも風邪をひいてしまったら演奏会に差しさわりがあり、体調管理には特に気を遣わなくてはならない。

どれをとっても、お金をかけず、簡単に一人前になれそうな楽器はなかなかそうなさそうである。

 

3.レッスンのお値段

町の音楽教室の月謝の相場といえば、子供の年齢やレッスン時間によっても異なるが、5000円から10000円くらいだろう。それプラス楽器の購入や、レンタルに費用がかかるし、楽譜や楽器の付属品などの教材費が必要になってくるので、プロを目指す目指さないに関わらず、習い事の時点でも、音楽のお稽古代はそれなりにかかってくる。

プロを志すことを決めて、音楽大学に入学したあとは、大学で週に一回ほど、自分の専攻している楽器の個人レッスンがある。そのレッスン料は学費に含まれているので支払う必要はないが、コンクールやオーディションなど大事な本番の前に自主的にレッスンの回数を増やしたい場合や、自分の先生以外の先生のプライベートレッスンを受けたい場合などは、レッスン料が必要になってくる。レッスン代は、その先生によって変わってくる。有名な先生ならば高額なことが多く、一回一時間程度で数万円することもある。

レッスンにそれだけの効果や価値があるかといえば、それは価値観であるので一概に言うことはできない。お金に変えられない素晴らしいアドバイスを得られることもあるし、まるっきり時間とお金の無駄だったと思われるようなレッスンもある。

レッスン代を払う立場だったころは、そういうものなのだから仕方ない、と思っていたが、いざレッスン代を受け取る立場になってみると、この金額がちょっとしたプレッシャーであることに気づく。果たして自分の与えたアドバイスが、受け取るレッスン代に見合ったものだったのかと考えて、家でひっそり反省、落ち込むこともしばしばだ。

 

4.投資のもとはとれるのか?

一人前の音楽家になるには、時間もお金もかかる。

それだけの投資をして、いざ音楽家になった時、投資分を回収できるほど音楽家が稼げる商売かというと、多くの場合まず不可能と考えていいと思う。

音楽大学を卒業した人は、一体どうしているのか?

東京藝術大学の音楽学部の平成27年卒業、修了者で、器楽科であった97名の過去5年の進路状況を見てみたところ、企業等の就職が4人、非常勤、自営が10人、大学院進学が24人、大学内の別科への進学が2人、他大学での進学が3人、海外留学が5人。未定、他が49人である。

ん?

未定が半数?

自分が高校生のときに、このことを知っていたら、果たして私は音楽大学に進学する勇気があっただろうか。知らない方が良いということは本当にあるものだ。尊敬すべきは当時の両親の勇気である。

しかし、音楽大学を卒業して、どこにも就職していない人はニートなのかというと、そうではない。多くの音楽家はフリーランスの音楽家として活躍している。私も、日本でオーケストラに就職する以前は、フリーランスとして働いていた。これはなかなか楽しい職業である。

テレビや映画の音楽や、CDの音源を録音する、私たちが「スタジオ」と呼ぶ種類の仕事は特にギャランティーが良かった。現在の相場はわからないが、当時は時給8千円から1万円くらいだったと思う。ミュージカルで演奏するのも割のいい仕事で、ワンシーズン弾くとびっくりするような収入になった。結婚式やパーティーなどで生演奏をするというのも、フリーランスのミュージシャンには馴染みの仕事である。こちらのギャランティーは、仲介の会社が入るか、個人的に請け負うか、などで大きく変わり、大体1万円から5万円くらいだったと思う。

私は学生時代、結婚式でたくさん演奏させて頂いていたので、バイオリンを弾けなくなったらウェディング・プランナーになれるのではないだろうかと思えるほど、多くの結婚式を目にしてきた。毎回、花嫁の両親に宛てた手紙の朗読を聞いてはもらい泣きをし、幸せのおすそ分けを頂けるよいお仕事だなあ、と思ったものである。

そんな中、私が特に好きだった仕事は、オーケストラのエキストラ奏者として弾くことだ。しかしギャランティーに関しては、他の仕事と比べるとそれほど割のよいものではなかった。好きなことと、お金になることというのは、なかなか一致しないものである。

フリーランスの音楽家は、売れっ子になれば、オーケストラに就職するよりよっぽど稼げたりする。ただし、売れっ子でいるために、常に演奏技術を磨き、周囲の人々とコンタクトをとり、あらゆる情報に対しアンテナを張りめぐらしておく必要がある。それが苦でなければ、好きな仕事を選んで弾けるので、悪くない。ただし、病気やケガなどで長期で弾けなくなった時の保障がないという大きな欠点がある。

 

海外でフリーランスの音楽家として生きていくのは、相当厳しい。特にウィーンは、音楽家の数が多すぎるので、ギャランティーの価格崩壊が起きている。日曜祝日の早朝、震え上がるような寒い教会で1時間半のミサを弾いて65ユーロ、(8500円程度)田舎の結婚式で太陽ギラギラの野原の上でカルテットを弾いて130ユーロ、(17000円程度)、観光客用に怪しいモーツァルトのコスプレをして室内楽を弾いて80ユーロ(1万500円程度)などというのがザラである。海外でフリーランスの音楽家として滞在許可を取るためには、一年で一定以上の収入を得ている必要があるため、こんな仕事ばかりではかなりキツイ。海外で音楽家として働きたいならば、オーケストラや音楽学校の講師など、どこかしらに籍を置くのが圧倒的に楽である。

オーケストラ団員の給料はどの程度なのかというと、その額は団によって異なる。レベルの高いオーケストラが給料が多く、そうでないオーケストラが少ないか、というと必ずしもそうとは言えないが、給料のいいオーケストラには、良いプレイヤーが集まってくる可能性もが高いので、その傾向は強いと言えるかもしれない。どちらにせよ、平均的な額で言えば、普通のサラリーマンの給料と同程度と考えてよいだろう。音楽家はプロになるまでに莫大な投資が必要になる可能性が高いのに、特に高給取りになれるというわけではないのである。

とは言っても、あまり大きな声で文句は言えないな、というのが、私の個人的な本音である。

オーケストラを維持するのには莫大なお金がかかる。それに対して、クラシックの音楽会に定期的に足を運ぶ人ってどのくらいいるのだろう?

世界中に数えきれないほどのエンターテイメントが溢れ、インターネットも発達してきた今日、クラシック音楽産業は、一体ビジネスとして回っているのだろうか?

この辺りについて、次回はちょっと考えてみたいと思う。

それでは、また!

 

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