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室内楽、というジャンルをご存知だろうか?

弦楽四重奏や、ピアノ三重奏など、小編成で演奏される音楽のジャンルのことである。奏者の数が少ない為、視覚的にも音量的にもオーケストラのような派手さはないが、迫力に頼ることが出来ない分、繊細で濃厚な、大編成の音楽とは全く違った魅力がある。

 

私の知る限り、大抵のオーケストラ奏者は室内楽を弾くことが好きである。

オーケストラでは1つのパートを大勢で演奏するが、室内楽では1人である。責任が大きい分、「自分達の音楽を作り上げている」という実感を感じられることが大きな理由の一つだろう。

また、オーケストラでは、指揮者が「黒」と言えば、自分がいくら「白」だと思っても、指揮者の言う通りに弾かなければならないことが多い。(あまりに無理な注文をつけて、楽員からフルボッコの返り討ちにあう気の毒な指揮者もいる。)

それに対して室内楽では、メンバー間で音楽の方向性に違いが出た際、話し合いに持ち込む余地がある。大抵の場合、それはほぼに口論にまで発展したりするが、それでも演奏家達は、あらゆる可能性をリハーサルで試し尽し、その中から最良のバージョンを選び取ることができるため、結果メンバー全員が納得する音楽ができあがるという良さがある。

 

室内楽には、メンバーを固定して活動しているグループと、コンサートやプロジェクトの為に寄せ集めされるグループがある。

どちらが良い、とハッキリ言うことできないが、固定メンバーで活動している室内楽は、音色が統一されていたり、阿吽の呼吸で細かいアンサンブルが成されていたりして、安定していることが多い。

もちろん固定メンバーによる室内楽でなくても、実力のある者が集いさえすれば、多くのリハーサルを重ねなくても、短期間で素晴らしい音楽を作り上げることが可能である。

でも、「有名ソリストが集う!夢の競演」系のCDなどで、演奏者は全員大物ソリストな上、個々の奏者は皆完璧に弾けているのにも関わらず、ネタかと思うくら いアンサンブルが崩壊している演奏も存在するので、(多分全員忙しすぎて、リハーサルする時間がなかったんだろう)室内楽とは実に奥深い。

 

 室内楽のメンバー探し

室内楽が弾きたいならば、まずは共演者を探さなければならない。

弾きたいと願っている人は結構多いので、メンバー集めはそんなに苦労しなそうなものだが、実はそうでもない。

例えば弦楽四重奏のグループを作りたいとする。バイオリンを見つけるのに、そんなに苦労する必要はないだろう。演奏者の数が多いからである。でも、ビオラやチェロはというと、そうもいかない。演奏者の絶対数が少ない上に、室内楽に興味や経験を持っているような奏者は、すでに「売約済み」である場合が多いの だ。

そんな中、運良く全てのパートが揃ったとしても、そこで安心してはいけない。

室内楽のメンバーは、楽器さえ弾ければ誰でもいい、という訳ではない。音楽的な技術のレベルは、自分と同レベル、もしくはそれ以上というのが理想である。

演奏家の間に技術的な差がありすぎると、リハーサルの際、できる人はできない人に文句の集中砲火を浴びせることになり、そのうちリハーサルなんだかレッスンなんだか訳がわからなくなってくる。できない人だって、そんな調子でモチベーションを維持できる訳がないので、結果長期でグループを保持することが難しくなってきてしまうのだ。

さらに、それらの条件をクリアしてメンバーが集ったとしても、最後にもう一つの難関がある。

それは、人間的に合うか合わないか、ということである。

リハーサルでは話合いが必須である。

リハーサル中に、「ああ、ここ、もうちょっと速く弾いてほしいな。」なんて思う箇所があったとしても、その相手が自分の苦手な人だったりすると、「は?あん たが遅く弾けばいいんでしょ。」などと言い返されて睨まれたりする。これではお互いストレスが溜まる一方である。余計な争いを避けるために、小さな音楽的不都合は修正を試みることなく目を瞑るようになる。その結果、納得のいかない不本意な音楽が出来上がってしまう可能性が高いのだ。

とは言っても、仕事は仕事と割り切って、馬の合わないメンバーと室内楽を弾き続けているグループもある。人間的には尊敬しあっていなくても、音楽的に尊敬しあっていれば、それはそれで成り立つことがあるようである。

でも、そういうグループはコンサートツアーに行くときなど、わざわざ別々の電車を予約してホールに向かうなど、プライベートと仕事を完全遮断していたりするというので、それではちょっと悲しいなあ、と思ってしまう。

 

プログラムを決めよう

室内楽のグループが成立したら、まずはどんな曲が弾きたいか相談する必要がある。演奏会がすでに予定されているのであれば、演奏会のプログラムを決めなくてはならない。

通常オーケストラでは、コンサートのプログラムは事務局や指揮者、音楽監督が決めてしまうため、自分たちで選曲をすることができない。だから、プログラミングというのはとても特別で、ワクワクする作業だ。

単に弾きたい曲のみを並べてしまうと、プログラムにテーマや流れがなくなってしまう。コンサートのプログラムはフルコースの料理のようなもので、前菜からメインディッシュ、デザートに至るまで全てがっつり肉料理なんていうのが不可能なように、コンサートもまずは軽い曲から始まって、口直しの小曲などを挟みつつメインには密度の濃い大曲が弾かれ、短いアンコール終わる、という流れになっている。

料理と違ってコンサートのプログラムではでは、前菜はフレンチ、スープは味噌汁、メインディッシュはドイツ料理、といったように、インターナショナルな選曲になることもあるが、大抵の場合は「フランス音楽の夕べ」や「珠玉のバロック音楽」など、国や時代に一貫性を持たせることが多い。

ここにさらに休憩を入れて約2時間という時間枠も加わるので、プログラムを組むことは、そんなに簡単な作業ではない。でも、普段は滅多に演奏されないけど実はいい曲だから皆に知って欲しい!とか、ずっと弾いてみたかったけど、機会がなかった、なんて曲を、わいわい相談しながら組んでいく作業というのは、遠足の準備のようでとても楽しい。

 

リハーサルに辿り着くまで

 

1つの室内楽のコンサートに対して、どのくらいのリハーサルが必要かというと、それは演奏家の技術や経験、またはプログラムの難易度によって差が出てくる。

リハーサルをする日時を設定する際、弦楽四重奏であれば、4人の奏者の都合のつく時間を見つけていく。ところがたった4人なのに、びっくりするくらい共通の時間がないことがある。

4人が同じオーケストラや学校に所属していたりして、大体生活パターンが似ているグループであれば、そこまで苦労することもない。しかし、4人それぞれがバ ラバラのオーケストラに努めていたり、その中の1人がフリーランスの奏者や学生だったりすると、「あ、その日はうちのオーケストラで本番が。」「でも、この日はうちがリハーサルが。」「8月は1か月間ミュージカルで弾いているので無理。」「あ、僕来週実技試験なんです。」なんて始まってしまい、もう収拾がつかない。ここに小さな子供がいる奏者が加わったり、住んでいる場所がそれぞれ遠かったりすると、難易度はさらに百倍増しである。

 

理想は、室内楽が本業のグループになることだろう。他の仕事をせず、室内楽のみで常に一緒に稼働していれば、こういう問題は発生しない。

ただし、室内楽は冒頭でも言ったように、地味な分野なので、売れにくい。

今、世界中を見渡しても室内楽のみで生き延びているグループは、数えるほどしかないだろう。室内楽はオーケストラのように、固定給をもらえる訳でもない為、それ1本で生きていくという決断をすることは、とても勇気のいることなのだ。