なぜバイオリンを選んだのでしょう?と聞かれることがある。

 

日本で「音楽系習い事の王道」といえば、普通ピアノである。

いきなりバイオリンから入るという人は、何かしら特別なきっかけがある事が多い。

 

私がバイオリンを始めたのは、たまたま私の兄がバイオリンを習っていたからだ。

兄だけバイオリンのレッスンを受けているのが羨ましくて、どうしてもマネがしたかった。

幼い兄弟にはありがちな動機である。

 

しかし私がバイオリンを手にするまでには、少々の困難があった。

 

世間には0歳から通えるリトミック教室や、2歳からレッスンを始めるピアノ教室が存在する中、私のバイオリンの先生は断固

 

 

「日本語の読み書きもできないくせに楽譜が読めるか」

 

というざっくりした理由で、私が5歳になるまで弟子入りを認めてくれなかったのだ。

 

せめて楽器だけでも手に入れたかった私は、4歳の時サンタクロースにバイオリンが欲しいと手紙でリクエストした。

 

しかしワクワクしながら、クリスマス当日目を覚ますと、枕もとに置かれていたのはバイオリンではなく、

 

みかんが1つ。

 

みかんて・・・・。

おいサンタ・・・。

 

恐らくサンタクロースは私の書いた字が汚すぎて読めなかったのだろう。なにせ「ばいおりん」と「みかん」を勘違いしたのだから、相当汚かったに違いない。

 

文字を書くことの重要性に目覚めた私は、慌ててひらがなを習得。

5歳になったときに、

 

「ひらがな読み書きできるようになったし、バイオリン始めさせてください。」

とドヤ顔で先生に宣言しに行ったときのことは、今でも覚えている。

 

バイオリン以外は全くダメ

 

バイオリンが弾けるんだったら、ピアノやギターなど、他の楽器も弾きこなせるんじゃないかと思っている人は結構多い。

確かに「音を奏でる」という作業は、自分の中にあるファンタジーを「楽器」という媒体を通して音として外部に放つ作業なので、一見その媒体は何でも良さそうな気がする。

しかし、私は「人と楽器の種類の相性」というものが存在していると確信している。

現に私はバイオリンの他にもピアノ、ビオラ、バロックバイオリンを弾くが、バイオリン以外の楽器はいくら弾いてもしっくりこない。

特に10歳の時に始めたピアノは、壊滅的な腕前だ。

 

私の通っていた音楽高校と音楽大学では、どの楽器が専攻の人でも必ず副科でピアノを履修する必要がある。副科のくせに、半年に一回一丁前に試験があるのだが、もうこれが苦痛でたまらなかった。

それは緊張しすぎて白鍵と黒鍵がダブって見えてくるほど重症で、1秒でも早く終わりたいあまり超高速で演奏してしまい、審査員を大爆笑させてしまったことがある。

始めた年齢が遅すぎた、という考え方もできるが、私は単に相性が悪かったのだと思っている。もしも、5歳の時にピアノを始めていたとしても3年ももたずに辞めてしまっていただろう。

私がバイオリンを始めるきっかけとなった私の兄が、ピアノでなくバイオリンを始めたのは、狭い家に両親がピアノを置きたくなかった、ということが原因の一つだったそうだ。

今では狭かった家に大感謝である。

 

ないものねだり

 

どの楽器を演奏する人でも、時々自分専門以外の楽器が羨ましくなることがあるのではないだろうか。

バイオリン奏者であることの長所であり短所は、自分で常に楽器を持ち運ぶ必要がある、ということである。バイオリンは、重たくて仕方がないというほどではないが、一日持ち運び続けるとそれなりに疲れる。

その点、ピアノは楽である。そもそも大きすぎて持ち運ぶことができないので、演奏会にピアノを持参しなくても良いのだ。身軽で羨ましい限りだが、彼らにはコンサートごとに、常に違う楽器で演奏しなければならないという試練が付いて回る。

コンサートホールに置いてある楽器がどんな状態でも、お客様に満足して頂ける演奏をしなくてはならないのだから、そのプレッシャーといったら半端ではないだろう。

そのプレッシャーを考えると、やはり持ち運べる楽器の方が便利なような気もする。

 

それでも自分がバイオリンという楽器を選んだことを呪いたくなる瞬間がある。

それは、飛行機のチェックイン時である。

 

チェックインの戦い

 

オーケストラ弾きは、演奏旅行などで飛行機を利用する機会が多い。

毎回、私たちバイオリン奏者を震え上がらせるのは、係員から笑顔で放たれるこの言葉。

 

「お客様。お客様のケースは手荷物の基準を5ミリメートル超えていらっしゃいます。」

 

私たちにとって死刑宣告となるこの言葉は、すなわち、楽器を貨物室に入れて運べという警告なのである。

 

バイオリンという楽器はとてもデリケートだ。古い楽器は特に、飛行機の貨物室の移動などとても耐えられない。高額な楽器であればなおさらだ。ヒビが入ってしまったりした場合にはとんでもない損失になる。そう主張したとしても

 

「規則は規則でございますから」

 

の一点張りでどうすることもできない。

とは言っても、厳密なルールが存在していないのか、はたまた空港職員に徹底されていないのか、空港でこのチェックに引っかかるかどうかは運次第だったりする。

何も言われずにスルーで機内持ち込みができることもあれば、何をどうしてもダメと言われることもあるのだ。

 

私がまだアンサンブル金沢で働いていたころ、飛行機を利用して東京公演に向かったことがある。他の団員たちは皆問題なく飛行機に乗り込んだのだが、私ともう一人のバイオリンの女性団員だけが何故かチェックインカウンターで足止めをくらってしまった。

職員は「バイオリンは貨物室へ」の一点張りである。もちろんそんなことできるわけがない。私たちはボーディングタイムぎりぎりまで粘ったが、職員は梃でも動かない。

飛行機に乗れなければ夜の公演に間に合わなかったため、私たちはバイオリン用の座席を1席購入する、という妥協策でバイオリンを手荷物として持ち込み、飛行機に搭乗することを許された。

せっかく座席を購入したのだから、荷物入れではなく座席に楽器を置いてみたいと思うのが人の心である。

私たちは座席の上に楽器ケースを置こうとしたが、ケースを横にすれば隣の席に侵入してしまう。となると立てて置くしかないのだが、細長いケースを座席の上に立てて固定することなど不可能である。

 

「座席に乗せるように言われたのよねえ。ちょっとシートベルトで固定して下さる?・・あーら、できない?じゃあ、子供用のシートベルトで・・・。あーら、こちらでも固定できないのね。おかしいわねえー。」

 

私たちはバイオリンの座席に1万5千円払った上に、購入した座席に楽器を置けないという理不尽に、何の罪もない客室乗務員についつい嫌味を言う始末。

 

その節はたいへん大人げなかったです。どうもすいません。

 

バイオリンを弾いている限り、このチェックインの戦いは続くのだろう。とほほ。。

 

君じゃなきゃだめ

 

持ち運びの問題などを除いて、演奏することだけを考えたとしても、私はやっぱりバイオリンでなくてはダメだと思う。

バイオリンにはたったの4本しか弦がなく、ピアノのように10もの音を同時に弾いたりすることはできない。メロディーと伴奏を同時に演奏することに制限があるので、一人で演奏できる曲には限界がある。

一見欠点のようにも思えるが、その特性のために必然的に伴奏者や室内楽の仲間など、誰かと一緒に音楽を作り上げる機会が増えてくる。

1人で作業したい人には向かないかもしれないが、寂しがり屋だったり、人と一緒に仕事をするのが好きな人には、うってつけなの楽器である。

奏法そのものに関しても、好きなところはたくさんある。

例えばギターの音は一度弦を弾いたらその後は衰退していくだけだが、バイオリンは弓を使って音を保ったり、また増幅したりすることができる。

ピアノではドのシャープの音とレのフラットの音は同じ音だが、バイオリンでは違う音として表現することが可能だ。

同じ音でも、弦を変えたり、弓の位置や角度を変えたりすることによって音色をガラリと変えられることだって大きな魅力である。

挙げだしたらキリがないのだが、とにかく表現の幅が底なしに広い楽器なのである。

でも、バイオリン以外の楽器を専門に弾いている人からすれば、「私の楽器の方がもっともっとすごいのだ!」という主張がきっと出てくるだろう。だから自分にとって何の楽器が良いかというのは、やっぱり相性なのである。

私にとってバイオリン以外の楽器を弾くことが、外国語を話しているような感覚だとすると、バイオリンを弾くということは、母国語を話しているような安心感がある。

大きさや重さがちょうどいいし、音域もちょうどいい。

バイオリンを持っているときの方が自然で、持ってない時はライフルを忘れた狙撃手ぐらい役立たずな気分になることがある。

以前、整体で施術を受けた際に

「お客さんの体のバランス、面白いですね。なんか、左肩?というか胸の前あたりに重心あるんすけど。」

と言われ、バイオリン中心に私の体がバランスを取ってしまっているという事実に驚愕したこともある。

バイオリンを弾いている状態が自然すぎて、弾きながら居眠りしてしまうことすらあるのだ。

「えっ!そんなわけないでしょ!」と、バイオリンを弾かない人たちはまず真に受けてくれないのだが、これって実はバイオリン弾きあるあるなんじゃないかな、と個人的に私はにらんでいる。(それとも本当に私だけ!?)

 

もしもみなさんの中に、1度何かの楽器を経験してみたことがあって、その時しっくりこなかったために

「私には楽器は向いていないんだな」

と音楽から離れてしまった方がいるのならば、是非とも他の楽器にトライしてみてほしい。

 

何の楽器を弾くにしろ、音楽を奏でることの大きな魅力は、言葉や文字で表現しようとすると、どうしても零れ落ちてしまうような繊細な光や影や色彩、または感情の起伏、そしてエネルギーそのものを表現することができることである。

一度この「音楽」という魔法を発動する、魔法の杖を使いこなす術を知ったのならば、絶対に手放したくないと思うほど楽しめるはずだ。

え?でも、どの楽器をまず始めたらいいかわからない?

 

じゃ、是非とも迷わずバイオリン一択で!

 

・・・もし、あなたが飛行機に乗る機会が少ないのなら。