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Scene1

 

「ねーエナさん! 今日のってハッシュタグ(※1)なんでしたっけ?」

「#AFWTだよ」

 

私は今、渋谷の商業施設「ヒカリエ」(※2)の高速エレベーターに乗っている。

一緒にいるのは、新入りのサオリと事務所の稲葉。

 

今日、稲葉に「エナ、時間あったら東コレ行くか?」と誘われ、今年からAmazon(※3)がスポンサーになったという東京ファッションウィーク(※4)のショーを見るために来た。

サオリは初めての経験にはしゃいだ様子で、稲葉とバズる(※5)ハッシュタグについて話している。

 

稲葉はいつも、当たり前の事しか言わない。まるでオウムが数少ない覚えたての言葉を繰り返すだけのように。

でも、それでいいのだ。ハッシュタグに意味なんてないし、私たちの間のコミニュケーションは意味のない言葉で成り立っている。

 

(※1) ハッシュタグ : #記号と半角英数字で構成される文字列で元来は番号を表す記号である。TwitterなどのSNSサービスで検索ワードとしてタグ付けするために使用する。後述のインスタグラムなどでは短い文章のすべてにハッシュ記号を付ける人をよく見かける。アピールし過ぎはイタいので注意。ちなみにハッシュマーク「#」とシャープ「♯」は別の文字。

(※2) ヒカリエ : 2012年4月に開業した、東急グループが運営する複合商業施設。中層階にはシアターオーブという劇場施設がある。以前あった五島プラネタリウムを引き継ぐ意味も兼ねた文化施設。関連はないが、同年夏にリリースされたmiwaの『HiKARiE(ヒカリへ)』はレコチョクランキング4部門で1位に輝いた。上層階のオフィスフロアに入っている企業などを見ても伺えるように、意識の高いリア充の巣窟としても知られる。

(※3) Amazon : 言わずと知れたネット通販最大手。それまで国内最大手だった楽天は、見づらいと評判のサイトデザインも相まって徐々にシェアを奪われることとなった。一部にはややましになったショップページも見受けるが、未だにそのデザインにはコダワリを感じる。楽天の頑なデザインポリシーは現代の七不思議の一つである。

(※4) 東京ファッションウィーク : 昨年までメルセデスベンツがスポンサードしていたが、今シーズンからAmazonがスポンサーとなった。東京ファッションウィークは世界5大コレクションの一つなどとも言われるが、残念ながら他とは水を開けられている状況。申し込んでお金を払えば、誰でも出れるとも言われている。人気・実力のあるブランドが次々と海外に発表拠点を移してしまうのは残念であるが、いたしかたない。最近は集客のため学生達を多く招待していることもあり、学園祭のようなムードも漂う。

(※5) バズる : バズ(buzz)とは口コミで話題となっている事といった意味。これもSNSが浸透しだしてよく使用されるようになった言葉である。IT企業の人やはてブ民など意識の高い人の間で一時期は非常に流行った。今はその反動で、安易に使用すると恥ずかしい言葉の一つとなっている。

 

 

Scene 2

 

私は今、大学の4年生。まわりはほとんどのコが就職が決まっているが、私はまだ何も決まっていない。というか、就職活動さえマジメにやっていない。いわゆるモラトリアム(※6)真っ最中だ。きっと、東京下町の実家暮らしという事で甘えているんだと思う。

 

3年前に原宿で雑誌にスナップされた事をきっかけに、私は読モ(※7)になった。

読モからタレント(※8)などになる人もいるが、そんな人はごく一部だし自分でもなれるなんて思っていない。撮影は多い時で月2〜3回。謝礼(※9)という名の報酬はとても少ない。時には、ノーギャラなんてのも珍しくない。仕事で一緒になる事がある顔見知りの読モちゃん達は皆バイトしている、生活の為や服を買う為に。(※10)

 

私は実家で親に寄生しているおかげで生活には今のところ困らないが、さすがに欲しいものを買うお金までたかれるほど裕福ではないので、たまに渋谷のカフェ(※11)でバイトしている。

そのカフェには読モのコが何人か働いていて、それが一つのウリになっている。たまにお客さんの女の子に、「ファンなんです」とか、「かわいい〜」とか言われると、照れるけど、お世辞でもちょっと嬉しい。

 

(※6) モラトリアム : 元は経済用語で支払猶予期間という意味。転じて大学生などが社会に出るまでの猶予期間といった意味で用いられるようになった。ここから自分探しといった便利な言い訳をカッコつけて言う場合にも使用される。

(※7) 読モ : 本来は雑誌の読者である一般の人の中から、可愛いくてオシャレな人を探して取り上げたのが始まり。読者からは身近な感じが受け、出版社は経費が削減でき、読モのコも雑誌に載れるので自慢になるということでWinWinな関係であった。やがて儲け話には目がない大人たちが、読モの斡旋を始めるようになる。それからは一気に本来の意味を失い、悪質な業者の被害にあう女性の姿も。

(※8) 読モからタレント : 一口に読モといっても大きく3つに流派が別れ、それぞれその後の進路に特徴が見受けられる。赤文字系といわれる、一般的なキレイなお姉さんタイプは、芸能界を目指すというよりコンパで玉の輿狙いが王道。プロスポーツ選手やベンチャーの社長が目標だ。ギャル系は強烈な個性でバラエティーで活躍する人も見られる。ただし、一歩間違うとセクシー産業へ進みがち。そして青文字系は、意外と一番地味な割に大化けするパターンが見られる。ドラマに出演したり、アーティストになる人も珍しくないようだ。「きゃりーぱみゅぱみゅ」は雑誌「KERA」の読モだったことは有名。

(※9) 謝礼 : だいたいは交通費にいろを付けた程度の金額。「ついでに」といってタダで使われがち。ただしプロダクション所属の読モ? はこの限りではない。

(※10) 服を買うため : 読モは私服の紹介などが多いため、人気になるほど洋服代がかさむ。

(※11) 読モカフェ : 以前より飲食をやっていたというより、べンチャーで始める興行畑の組織の影が伺える。そのせいか味はあまり期待できない。もちろんまともな店も存在する。

 

Scene 3

 

11階でエレベーターを降り、ショー会場となる9階の「Hikarie Hall(※12)」に長いエスカレーターで下る。前に乗っている稲葉がこちらを振り向き話しかける。

「エナ、最近彼氏と別れたらしいじゃん?」

「稲葉さん、そういうのは女の子から切り出すまで聞いちゃダメなんですよ」

「なになに、ちょっと落ち込んでる系?」

「別にそんなんじゃないですよ。てか稲葉さんには関係ないでしょ」

「ハイハイ。それよりさー、ちょっとはサオリを見習って、Insta(※13)とかもっとバンバン更新してよ」

「分かってますよ。でもそんなにネタになる生活してないしな〜」

 

2年前に仕事で仲良くなった読モのコに誘われ、稲葉の事務所に入った。読モのキャスティングなどを手掛けているプロダクション(※14)だ。最近はインフルエンサー(※15)のブッキングを始めたらしい。稲葉いわく、「時代はインフルエンサー・マーケティングよ(※16)」とのことだ。

 

そういった時代のニーズもあるのか、インフルエンサーの価値が以前より上がっているらしい。基本的にはフォロワー数で価値が決まるの(※17)だが、今は以前の倍以上の1フォロワー3円程度が相場となってるようだ。末端の私でも、お呼びが掛かればいいお小遣いになる。モデルの仕事より楽だし、読モよりはお金もいい。もっとフォロワーを増やせば、もらえるお金も増えるというのは分かっているが、なぜかあまりノリ気になれない。それをゲームのように楽しんでるサオリを見ても、まるで人ごとのような冷めた目で見てしまう。

 

(※12) Hikarie Hall : 渋谷ヒカリエ9階にあるヒカリエホールというイベントスペースは、ここ数年3月と10月に開催される東京ファッションウィークのメイン会場となっている。

(※13) Insta : Instagram(インスタグラム)は写真を共有するスマフォアプリ。各SNSで連携できる使い勝手の良さも相まって、ネットの主要コンテンツの一つになっている。facebookなどと共に、セルフブランディングの協力なツール。たった140字の文字を書くのも嫌という人には最善の選択だろう。

(※14) プロダクション : 読モを斡旋するプロダクションは、従来のモデル事務所とは形態は似ているが実態は異にする。マーケティングに特化し、いち早くニッチな需要を見つけ価値を創造することに注力するアメーバ(変化しつずける単細胞生物)のような業態。

(※15) インフルエンサー : ソーシャルネットワーク上で影響力のある人物を指す言葉。著名人は勿論だが、現在はクラスの人気者といった小さなコミュニティで人気のある一般人も含まれる。一見簡単なようだが、バイタリティーとハングリーさがないとインフルエンサーになるのは難しい。一日に50回以上鏡(ビルのガラスなど自分を映すもの全て)を見る人に向いている。

(※16) インフルエンサー・マーケティング : 消費行動のきっかけにインフルエンサーを利用するマーケティング手法で、従来のマスに向けた広告と比べ、費用対効果やリーチ率が高いことから近年需要が増している。ひところ問題となったステルス・マーケティングに似た用法が用いられるが、主要メディアのインスタグラムでは写真がメインなのでサブリミナル的な効果が見込める。

(※17) 価値 : 最近の傾向として、マイクロ・インフルエンサーという1万〜10万人ぐらいのフォロワーを持つ商材が人気だ。その価値はデータで算出され、人間の尊厳に果敢に切り込む。Google vs Godの熾烈な戦いは注意深く見守る必要があるだろう。