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photo by Mr.choppers

 私が下戸なのは、母方の血のせいである。母方のおじは会席料理のアペタイザーの梅酒で足腰が立たなくなったことがあった。父の家系はのんべえが多いことを考えると、イタリアに住みながらその文化の一端を担うアルコールを摂取できないのは私の不運としか言いようがない。

ところが最近、アルコールに弱いという実家の母が「毎晩ホット・ワインを飲んでいるのよ。ホット・ワインを飲むためのグラスも買っちゃった」というではないか。

なんでも、イルミネーションを見に行った東京で都会の友人が「この時期しかないのよね」と飲んでいたホット・ワインに感化されたらしい。母はコンビニでも売っているような安価なワインを温めて、そこに蜂蜜か砂糖、ショウガなどを入れて飲んでいるという。

 

以前、ローマのバールでコーヒーを飲んでいたら、日本人の母娘がバールに入ってきた。20代とおぼしき娘さんはバールのバリスタに、「ホット・ワインをください」と注文していた。しかし、バリスタはなんのことだかわからない。「グラス・ワインのこと?」とつたない英語で聞くのだが、彼女はそうじゃないと首を振る。私がアルコールに詳しい女であったら、あそこで助太刀ができたのだが、いかんせん「ホット・ワイン」がなんたるものなのか知らなかったのだ。

 

そんなことを思い出しつつ、実家の母が飲み始めたという「ホット・ワイン」について夫に聞いてみた。夫はすぐに、「それは『ヴィーノ・コット』のことだよ」と教えてくれた。直訳するとまさに、「火を通したワイン」ということになる。

 

ところが調べてみると、本来の「ヴィーノ・コット」は家庭で作れるような安価なものではなく、マルケ州とアブルッツォ州でわずかに生産される非常に希少な飲み物らしい。このヴィーノ・コットは、生産過程でブドウの絞り汁を沸騰させることから派生した名で、古代ギリシア人から伝承されたこのアルコールは古代ローマの時代には貴族の宴には欠かせないアルコールであることがわかっている。古代ローマの劇作家プラウトゥスはヴィーノ・コットについて「最も探求され洗練された飲み物」であると書いている。また、共和制ローマの宿敵であったカルタゴの勇将ハンニバルも、イタリア半島に侵入し戦争に明け暮れた時期、南イタリアのアートリ川沿いで休息し、体力回復のために自らもヴィーノ・コットを飲用し、馬や兵士たちにもこの飲み物を振る舞ったという伝説がある。

 

しかしこのヴィーノ・コットはなにも冬の飲み物をいうわけではないらしい。

調べてみると、夫が誤解をした「ヴィーノ・コット」は、イタリアでは「ヴィン・ブリュレ」と呼ばれているものだとわかった。「ブリュレ」はフランス語だが、「焼いた」という意味があるからイタリア人は誤解するのだろう。

温めたワイン、基本的には赤ワインを用いることが多いのだが、これにアロマや蜂蜜を加えたヴィン・ブリュレも、その起源は中世にまで遡るのだそうだ。中世の時代には、温めずに常温で飲んでいたというこのワイン、当時は「イッポクラッソ」と呼ばれていた。伝説によると、古代ギリシアの大医学者ヒッポクラテスが紀元前五世紀頃に発明したものと言われていたからだそうだ。かなり眉唾のお話だが。

温めたワインにさまざまな香辛料を加えることでもわかるように、この飲み物は体を温める。と言うわけで、伝統的にはクリスマス前の待降節の飲み物とされてきた。現在では、各地で開かれるクリスマス・マーケットでよく売られている。イタリア北部では、カーニヴァルが開かれる2月頃まで人々は温かいワインを楽しむらしい。

英国では「モルド・ワイン」、ドイツでは「グリューワイン」、フランスでは「ヴァン・ショー」と呼ばれるこの飲み物は、ヨーロッパの人にとっては「冬のストリート・ドリンク」と呼んでいいだろう。体が芯まで冷え切るヨーロッパの冬、街角で気軽にプラスチックの容器に入れられて売られる温かいワインは、欧州の冬の風物詩のひとつである。

 

ヴィン・ブリュレは、各地や各家庭でレシピが異なるようだが基本のレシピはこうである。

赤ワイン ( 好みで白ワインを使用することも可能 ) を鍋で温めながら、シナモン、丁字を加える。好みで、レモン、アニス、リンゴ、ミカンの皮を加える。長時間火を入れるあいだに、アルコール分が飛んでしまうので口にする頃にはアルコール度はかなりまちまちとなる。一般的には、11度から14度。砂糖や蜂蜜は、飲用する直前に混ぜるのが本来のあり方らしい。

 

伝統文化は理にも適っている。「ヴィン・ブリュレ」は風邪防止のためにも最適の飲み物なのだそうだ。シナモンはインフルエンザの菌を防ぐ効用があり、柑橘類の皮は殺菌作用がある。丁字も抗菌作用が強い。

 

好みで白ワインで作ることも可能、と書いたが、イタリア北部ヴェネト州ではシャルドネなどの白ワインに丁字やシナモンを加えて飲用することが多い。とくにイタリア北部では、1月6日のエピファニア祭の前夜、新年の豊作や幸福を記念して高く積み上げた薪を燃やすお祭りがよく開かれる。なんだか日本のどんど焼きを彷彿とさせるこのお祭りで伝統的に飲まれるのが、白ワインのヴィン・ブリュレなのだ。このワインと、「ピンツァ」と呼ばれる干し果物が入った固めのお菓子を食べるのだそうだ。

ロマーニャ地方では、サンジョヴェーゼの赤ワインにシナモンと丁字と甘味料を加える。猫舌では飲めないようなあっつあっつを飲むのが王道で、彼の地では「ビゾー」という方言で呼ばれている。その語源は、「みんな、飲んで飲みまくれ! ( Bebete, su! ) 」の方言、「bi`, so`!」だというから、まさに庶民のお祭り気分が伝わる飲み物といって間違いない。

しかし民間語源学の学者たちによると、この「ビゾー」の語源はドイツ語の「bischoff」にあるのだという。これは英語では「bishop」であり、「司教」の意である。伝統的に司教の衣服が深紅であったことから、その色から連想される「冬の赤ワイン」にこの名がついたのだとか。

冬のワインひとつとっても、芋づる式に歴史のこぼれ話がかいま見えるのが面白い。

 

参照元

http://www.repubblica.it/sapori/2017/01/04/foto/_hot_toddy_le_bevande_calde_un_po_alcoliche_per_scaldare_le_sere_d_inverno-155347874/1/

https://it.wikipedia.org/wiki/Vin_brul%C3%A9

http://www.taccuinistorici.it/ita/news/antica/bevande/Sapa-Mosto-e-VIno-cotto.html

Grappe e Liquorini   Edizione del Baldo 刊