所変われば、常識変わる。

それは、子育て然り、教育然りと言えるでしょう。

外国で生活し、子育てをしていると、幾度となく日本人として培ってきた価値観が崩壊する場面に出くわすことがあります。

今回はそんな「オーストリア教育あるある」話を、皆さんとも共有したく、オーストリア人のご主人とご結婚されてウィーンで専業主婦をされているレッシュ翠さんと、お子様のバイオリン留学に付き添って渡欧し、現在ではウィーン空港とウィーン大学語学センターで働きながら子育てされている島みずもさんにお話を伺いました。

オーストリア独特の教育システム、いじめやモンスターペアレンツの存在、音楽の都ウィーンで何故か思い切り蔑ろにされている音楽の授業の様子から、ちょっと繊細な兵役のテーマまで、たくさんの話題が飛び出しました。

ぜひぜひお楽しみください。

 

島みずも さん

日本で10年&オーストリアで7年の専業主婦生活を経て3年前に社会復帰。現在ウィーン国際空港 警備主任、および ウィーン大学 語学センター 英語科 講師。子供二人と2007年よりウィーン在住。渡墺時に8歳と5歳だった子供たちはずっと現地校。日本語と日本文化は伝えていきたいと思っているけれど、日本史までは難しいかも…。国連都市、音楽の都、なのに石油もワインも取れて地ビールもたくさんつくってる小さなウィーンの街が大好きです。趣味は料理と模様替え。飼い犬ハリーは心の友です。

レッシュ翠 さん

青山学院大学経済学部卒業後、2年間証券会社勤務し、その後渡英。オーストリア人と結婚後、ドイツ、スイス、東京と住む地を変え、現在はウィーン在住で専業主婦。趣味は音楽と旅行。葡萄棚の下で飲むオ一ストリアワインの味は格別。豊かな自然の中で子育て出来る環境に満足している。

 

 

まずは、ご自身のことについてお伺いさせてください。

竹中
島さんはウィーンに住んで何年でしょうか?

島さん
秋が来たらもう10年!

竹中
お子様のバイオリン留学のためにウィーンにいらしたのですよね?当時お子様は何歳だったんですか?

島さん
娘が小学校3年生の8歳、息子が幼稚園年中の5歳だったよ。

レッシュさん
ドイツ語ゼロの状態でいらしたの?

島さん
うん、ゼロで。いきなり現地の学校にぽいっと。娘は年齢通りだと小学校3年生に入るはずだったんだけどドイツ語ができなかったので、1つ学年を下げて2年生から始めたの。

竹中
学年を下げたりすることができるんですね。

島さん
うん。2年生が終わって3年生になるときに、飛び級して年齢通りの4年生に行ってもいいと言われたんだけど、うちの子供はバイオリンのために留学してきたので、練習しなくちゃいけないし、飛び級はやめたの。

レッシュさん
本当に1からというのは大変ですよね

島さん
1からどころかゼロからだよね(笑)

レッシュさん
すごいなあ

島さん
いや、泣いてた泣いてた。娘は半年ぐらい朝から晩まで泣いてたね

竹中
いきなり外国で何もわからなかったら、そりゃ泣きますよね

島さん
日本では娘も息子も、特に学校で勉強に困ったことなかったのよ。なのに、こっちでは教室に入ったら、何もわかんないっていう

竹中
わかるわ

島さん
私も保護者会そうだったよ。2時間座ってるんだけど、もう、何がなんだかさっぱり

竹中
私もこちらの音大の講義ではそうでした。こんなにわからないことがこの世にはあるのか、と

島さん
お友達や先生はみんな心配して「大丈夫だから」って娘に話しかけてくれるんだけど、それがまたわかんないのよ。で、また泣くんだよね。でも今はふてぶてしくやってるよ(笑)

竹中
今、何歳でしたっけ

島さん
今娘は18歳。年齢通りだったら高校卒業する年なんだけど、学年を一つ下げてるので来年卒業。息子は15歳。日本で言うと中学3年生だね

竹中
お子様の留学の付き添いでいらっしゃった島さんは、どのようなビザでウィーンに滞在されてるのですか?

島さん
その話始めると長いんだけど(笑)。最初取れたのは定住許可(Niederlassungsbewilligung)といって移住してくる人のためのビザだったの。ビザのランクとしてはよかったんだけど、労働許可がないのが辛くて。

竹中
こちらでお仕事をしたかった?

島さん
それもあるけど、例えば子供たちも同じステータスで「一切の就労禁止」だから、演奏会をしてギャラを頂いても、いりませんって言わなくちゃいけなかったりとか。でも主催者もギャラを渡さない訳にはいかないからって、やっぱり受け取らなくちゃいけない時なんかは、書類にサインしてお金もらうのがすごく怖かった。

レッシュさん
そんなに?

島さん
ほら、どうでもいいことから引っ張られて、拘留されたりとかいやじゃん。もしも万が一検挙されたらEU追放で、その後5年間EUのどこにも入れなくなっちゃうんだよ。そんなことになったら留学どころじゃなくなっちゃうじゃない。子供たちは10代の大事な時期だし、それを一番警戒していたかな。当時は赤信号を渡るのも怖い、不安定な外人だったよね。

竹中
わかります。

島さん
あと、息子が6歳になったころ、オーストリアに滞在する6歳以上の外国人は指紋も登録することになったの。

竹中
6歳で指紋登録ですか。。大人である私でさえ、指紋登録の時はもやっとするのに、子どもの場合は更に複雑ですよね。。

島さん
そうなの。ずいぶん人権団体も騒いでたんだけどね。でもその件で役所から呼び出された数日後には、中東で8歳の子が自爆テロ起こしたりしててね。外国人として外国で暮らすことの厳しさはずっと続くものなんだと思ったよ。

竹中
そうですね。。  

島さん
でも5年経ったらオーストリア国籍を申請するか永久ビザが申請することができるようになるわけ。だから今は永久ビザで、どんな仕事してもいいんだ。

竹中
労働許可がおりてから、オーストリアで就職活動されたのですよね

島さん
そう。40で就職活動を始めたんだけど、オーストリアは労働市場が流動的だからそんな年でも温かく迎え入れてもらえたの。まあ、お給料は新人なんだけどね(笑)。で、空港の仕事がすぐに見つかったの。

レッシュさん
島さんは、言葉はドイツ語学校でお勉強されたんですか?

島さん
初めはウィーン大学の語学センターで。でも、しゃべる機会がなかったな。ラジオ聞いて、新聞読んで、子供たちのお知らせを徹夜して読んで、頑張った

レッシュさん
インプットを5,6年続けて、やっとそれなりのアウトプットができるんですよね、語学って

島さん
でも、アウトプットのタイミングがないと、インプットもうまいこと整理されないのよね

竹中
えらいなあ。私やレッシュさんは、言葉の壁にぶつかったとき、最後の手段オーストリア人の主人に甘えるという選択肢が残されているわけだけど

島さん
え?なんで!最後の手段じゃなくて最初の手段でいいじゃん!(笑)

レッシュさん
始めは主人のことすごい頼ってたけど、最近は自分でやらざるを得なくなりました、、、(笑)

島さん
最初は子供たちの学校からのお手紙を読むのがね・・大変だったよ。

竹中
具体的な思い出はありますか?

島さん
来たばかりの頃に、「有事に当園の判断で、子供にヨードカリウム錠を飲ませてもいいですか?」というプリントを、息子が幼稚園から持ってきたことがあったの。オーストリアの国境沿いには、国を囲むように旧ソ連製の原子力発電所が存在しているのよ。息子がそのプリントもらってきたのは、福島の事故よりずっと前のことで、私にはオーストリアにおける原子力発電について何の知識もなかったの。だからプリントが想定してない内容すぎて、意味がわかんないのよ。どんなに辞書を引いても、「なんで幼稚園から原子力発電所のお知らせが回ってくるんだろう。なんでヨードカリウム錠を飲ませるんだろう?」って徹夜して調べて

レッシュさん
それは大変でしたね・・

竹中
レッシュさんはウィーンにいらしてどのくらいでしょうか?

レッシュさん
ウィーンには2年半います。でも、ベルリンに4年、チューリッヒにも4年いましたので、ヨーロッパ在住歴では島さんと同じくらいですね。

竹中
レッシュさんのお子様の年齢は?

レッシュさん
息子が8歳です。小学校3年生。娘が7歳。日本では小学校1年生ですけど、オーストリアでは2年生。

竹中
お子様が生まれたのはオーストリアではなかったんですよね

レッシュさん
生まれはね、スイスなの。主人の仕事の都合でスイスに4年いて、その後東京に3年8か月住んでいました。

島さん
じゃあ、お子さん2人とも日本の幼稚園に行っていたのね

レッシュさん
行ってましたね。でも、英語のインターナショナルスクールに通わせていました

竹中
また日本から出ていくことを前提にしていたということですよね

レッシュさん
うん、そうなの。本当はドイツ語の幼稚園が良かったんだけどあまりに遠すぎたので

竹中
またどこかの国に移住する予定なのでしょうか?

レッシュさん
オーストリアが主人のふるさとなので、ここでやっと落ち着くんだと思います。

 

オーストリアの教育システムって?

竹中
幼稚園には、小学校になる前の1年間通う義務があるんですよね。

レッシュさん
ウィーンは外国人の多い街ですから。小学校に入ったときにある程度ドイツ語が話せるように、幼稚園も1年義務になっているようですよ

島さん
それに加えて小学校準備クラス(Vorschule)というのもあるよ。息子も行ってた。幼稚園でただ遊んで過ごして子たちが、小学校に行って急に字を書き始めるというのが難しいことがあるんだって。小学校準備クラスでは、遊びながらたまにプリントやったりとかするの。でも、字を書くとかじゃなくて、波を書いたり、丸を書いたり、そういう感じだった。

竹中
子供に負担をかけない、優しいシステムですね。小学校以降はどのようなシステムになのでしょうか?

島さん
日本だと小学校6年、中学校3年、高校3年、6+3+3というシステムだけど、オーストリアは小学校が4年間。その後はギムナジウムというところに行って、ギムナジウムの下級4年と上級4年をやる。つまり4+4+4。それを卒業して、「マトゥーラ」という高校卒業のような資格を取るの。

竹中
高校卒業まで、日本もオーストリアも12年かかりますが、区切り方が違うんですね

レッシュさん
小学校卒業の後、ギムナジウムに行かない子もいるんですよ

島さん
そう。小学校に4年通った後に、新中学校(Neue Mittelschule)というところに通う子もいる。

竹中
新しいシステムなんですよね

島さん
そう。ギムナジウムには小学校で成績が良かった子しか行けないの。今まではギムナジウムに行かなかった子は中央学校(Hauptschule)というところに行く仕組みだったんだけど、中央学校に行ってしまうと、その後高校の資格を取ったり大学に行ったりするのはほぼ不可能、と道が分かれすぎてしまうことが問題になっていたのよ。

竹中
10歳で将来の運命がほぼ決まってしまうというのは、早すぎる感じがします

島さん
そうなの。中央学校は、15,16で働き始める前提の学校だったような感じだったから、15歳の義務教育最後の年はほとんど働きながら学校行くみたいな感じだったんだよね。でもそれだと中央学校に行く人は、ほぼ大学への道が絶たれてしまうから

竹中
それで、その中央学校に代わって、新中学校というものができたということですよね。

島さん
うん。しかもギムナジウムって、高度で専門的すぎる場所でもあるのよ。小学校4年生まで宿題で塗り絵とかしてた子が、半年後にはパワーポイントでプレゼンしなくちゃいけないとか。

竹中
差がすごいですね(笑)

島さん
そう。小学校とギムナジウムで要求されているものが全然違うのよ。で、そのソフトランディングも含めて間の学校を作るという意味で、新中学校は誕生したのよね

竹中
新中学校の誕生で、今までの問題は改善されたんでしょうか?小学校で十分な成績が取れなくて、ギムナジウムに行けず、新中学校に行ったとしても、そこからギムナジウムに移って高校卒業できる子はどれくらいいるんでしょうか?

島さん
実はほとんどいないみたい。結局中央学校から新中学校に名前が変わっただけというのが現状のようね。やっぱり元々ギムナジウムの下級で4年間がっつり勉強している子たちのところに、新中学校から来た子はなかなか入っていけない

レッシュさん
入ってる子もいないわけじゃないのよ。でも、すっごい大変みたい。新中学校からギムナジウムの上級に移ってくるのは

竹中
小学校から直接ギムナジウムに入る為には、小学校の通知表が常に1じゃなきゃいけないんですよね(※オーストリアの通知表は、1が最高で5が最低)

レッシュさん
1または2

島さん
でも、ドイツ語と数学は1じゃないと厳しいと言われているね

竹中
結構シビアなシステムなんですね・・

島さん
ギムナジウムに行けることになってもね、どのギムナジウムに行くかちゃんと選ばないといけないの。

レッシュさん
そう、ギムナジウムにもいろいろあって、理系か文系かスポーツかで授業の内容も大きく変わりますからね

竹中
ギムナジウムによってそんなにカラーが違うんですか!10歳で自分の進路なんて決められるのかなあ・・

島さん
それを良くないとしたのが新中学校だったんだけど、現状としてはまだ育ってないのよね