ローマ市内には2本の地下鉄が通っている。

B線の終点のひとつが、レビッビアという駅で、ここからバスを乗りついて行くのが悪名高き「移民局」である。

私はイタリア人と結婚をしているが日本の国籍を有したままなので、現行の法律では「滞在許可証」を保持していなくてはならない。5年前の更新は、地元の警察で簡単にできたのに、2年前の法律改正で状況は悪化した。イタリア人の配偶者を持っていても、移民局に計三回も通わなくては許可証の更新ができなくなったのだ。しかし、移民局があるレビッビア地区は、とにかく治安が悪い。先日も、移民局を訪れた中国の若い女性が強盗殺人に遭ったばかりなのだ。

殺伐、荒涼という言葉しか浮かばないこの地区に、女性刑務所がある。その刑務所内で、専門家をもうならすリコッタチーズが生産されていることを知ったのはつい最近のことだ。

 

イタリア国内には197に及ぶ刑務所がある

罪を償うだけではなく、更正をするために受刑者たちにはさまざまな仕事が課せられる。

この「敗者復活戦」を応援しようという試みが、ここ数年脚光を浴びてきた。

大学の専門教授の参加する刑務所内の有機栽培プロジェクト、各地の受刑者が腕を磨き生産したハイレベルの食材を宣伝する星つきレストランのシェフ、そしてミラノの刑務所内には世界ではじめて一般人向きのレストランまで開業した。

トリノでは、受刑者たちが生産・制作した食材や雑貨を売る専門店も開業している。

 

刑務所の敷地内で有機栽培

昨年の春、受刑者たちの更正を援助する非営利団体「自由の種」は、農業専門学校の教師たちと署名を交わした。契約内容は、ボローニャのドッツァ刑務所内の受刑者たちに有機・都市農業を教授することである。最終目的は、受刑者たちが生産した農作物を販路に乗せることであった。

それだけではない。

刑務所内にはこの農園を維持するための太陽光発電も完備し、最新の技術を駆使した農業環境を提供することも、農業学校との契約に含まれていた。

これを実現するために、ボローニャ市、ドッツァ刑務所、ボローニャ大学、刑務所を援助するボランティア団体 ( associazione Il Poggeschi per il carcere ) 、社会の弱者を援助する福祉機関 ( Cefal ) などなど、公共と民間の団体があらゆる協力を惜しまない、という約定も契約に含まれた。財源は、デル・モンテ財団が保証をする。

つまり、技術的にも金銭的にも万全を期してのプロジェクトである。この契約は、2018年12月まで有効となっているが、設備が整い事業が軌道に乗れば刑務所内で自立した経済活動を営めるかもしれない。これだけの力を入れたプロジェクトなのだから、刑務所発の有機野菜が檻の外に出回るのはほぼ間違いないだろう。

ここ数年では最も成長している有機食材市場をターゲットにしているのは、プロジェクトが陳腐な理想だけに支えられたものでないことを物語っている。刑務所内に有機農園を作ろうとする人々は、受刑者の更生だけではなく、商売っ気も忘れていないところがイタリアらしくて私は好きだ。

 

メイド・イン・刑務所を支持する人々

ボローニャの刑務所の有機農業プロジェクトは発進したばかりだが、イタリア国内の各地の刑務所では、その土地の食材がこれまた高レベルで生産されている。チーズ、グリッシーニ、パネットーネ、などなどが刑務所内で粛々と生産されているのだ。冒頭にあげたレビッビア刑務所のリコッタチーズも有名だが、パドヴァの刑務所で生産される焼菓子も職人級の製品に匹敵するといわれるようになった。

このパドヴァの「刑務所内パティスリー」のサイトを広げて、私は仰天した。明るい色合いのサイトには、受刑者たちが2005年から生産し、数々の賞を受賞し、あげくは2015年にミラノのエキスポにまで出展した経緯が誇らしげに書かれていたからだ。昨年の10月には、当時の総理大臣マッテオ・レンツィが刑務所内のパティスリーを訪れ、商品を食する様子も紹介されている。前法王ベネディクトゥス十六世や現法王フランシスコも、この刑務所で生産されたお菓子を味わって満足をしたそうだ。

刑務所らしからぬ明るいサイトを見て、私は思った。罪を犯したものが集められる刑務所の明るすぎるサイトに批判を感じる人も多いだろう。もう少し、世の中に対して慎みの態度を示した方がいい、という人もいるだろう。しかし、檻の中にいる人々は、このサイトを見れば非常にポジティブな気分になるのではないか、と。自分が創作したものが礼賛される、これはどんな生産活動をしている人にとっても最高の励ましであることに変わりはない。サイトを開けて真っ先に飛び込んでくるのは、「人生を変えるためのレシピ」というキャッチコピーだ。毎日、先生である菓子職人が刑務所を訪れ、25人の受刑者にレシピを伝授しているのだという。

そして、ここに紹介されている商品は、写真の高品質もあるだろうが、本当においしそうなのだ。ついでながらいうと、価格も一級品である。刑務所内で生産したのでお値段も勉強します、などとは言わず、自分たちの商品は一級品だからそれに見合った値段をつける、という気概が見えてくるではないか。(http://www.idolcidigiotto.it/it/ )

 

こうした試みを後押ししてきた一人が、かつてはミラノの銀行でキャリアを積んでいたルチアーナ・デッレ・ドンネという女性だ。彼女は、生まれ故郷のレッチェに戻り、刑務所内の人々の手に職をつけるプロジェクトを立ち上げたのだ。その名も「メイド・イン・刑務所 ( Made in Carcere ) 」と「セカンドチャンス ( 2nd chance ) 」というもので、彼女はここ数年でレベルアップしてきたこれらの食材を、著名なシェフたちに味わってもらい、世に広めたのだ。何人かのシェフは、この試みに賛同し、なおかつその食材の品質に感心し、自らのレストランでこれらの食材を使用するようになった。その一人が、ミシュランの星付シェフ、ノーベルト・ニーデルコフラー ( Norbert Niederkofler  http://www.rosalpina.it/it/norbert-niederkofler.htm ) である。彼北イタリアのアルト・アディジェでレストランを経営しているニーデルコフラーとその仲間たちは、この刑務所発の食材を率先して使用している。

社会奉仕の一貫とはいえ、ミシュランから星をもらったシェフが食材のレベルを下げるはずがないのだから、刑務所内で生産される食材が一流品であることはこれによっても証明されたのである。

 

「メイド・イン・刑務所」の物品売買サイトを見てみよう。

http://www.madeincarcere.it/it/

こちらも、パドヴァの刑務所のパティスリーのサイトと同様、斬新でポップなデザインの画象が目に飛び込んでくる。知らない人が見れば、受刑者生産した商品を売るサイトとは気がつかないだろう。

日本にも、刑務所内で生産する物品を販売するサイトがある。

http://www.e-capic.com/SHOP/81708/list.html

いかにも事務的に、商品と値段が羅列されていて、やはりわびしさは免れないのだ。これらの商品を、うきうきとした気分で購入しようという人はまずいないに違いない。

 

 

メイド・イン・刑務所の製品専門店が開店

トリノの繁華街トリノ通りに昨年、イタリア各地の16の刑務所内で生産される物品を販売する店が開店した。店の名は『FeedHome』。販売されるのは、ピエモンテの刑務所産の菓子、ヴェネツィアのジュデッカ島にある刑務所産の化粧品、ナポリ近郊ポッツォーリの刑務所で作られたコーヒー、南イタリアのラグーザにある刑務所産のシチリア菓子、そのほかにもパン、ワイン、スナック、デザイン小物、雑貨などが並んでいる。

この店の開店理由は、なによりも刑務所の経済状態の改善であったという。高邁な理念よりも現実問題が選考した結果、受刑者、看守、ボランティア、自治体が一丸となってこぎ着けた開店であったのだ。受刑者たちに、技術を伝授した生産・販売者たちの功績も大きいだろう。

そして、この店の開店は、受刑者たちにとっても大きな希望となった。再犯率が高いといわれる受刑者たちは、服役後の生活の維持の困難が再犯の理由のひとつといわれている。自らの手で生み出した製品が、刑務所の外で人々に購入されているという事実は、受刑者にとっては心のリハビリであり尊厳を取り戻すことであり、希望でもあるのだ。再犯率が70パーセントといわれる受刑者のうち、手に職を身につけた場合は再犯率が28パーセントにまで下がるという結果も出ている。

イタリア全土の刑務所には現在、およそ5万人の受刑者がいるといわれている。そのうち、生産に従事し販売にこぎ着ける製品を作ることができる人は1000人にとどまっている。

しかし、刑務所の外で彼らを援助するさまざまな試みが展開していることは、今後の明るい話題となるだろう。社会的になにか貢献したいと思った人が、思いつきで「メイド・イン・刑務所」の製品を買う。買ってみたら本当においしかった、といってもらえるのが、この店の開店に従事した人々の夢なのだそうだ。イタリア各地に開店を夢見る『FeedHome』は、近いうちにジェノヴァにも登場する予定だ。ちなみに、トリノに開店した同店には、出所してきた元受刑者も働いているのだそうだ。

 

世界初、刑務所内に開店した一般向けレストラン

2015年にミラノ万国博が行われた会場にも近いボッラーテ地区に、ミラノのボッラーテ刑務所がある。この刑務所内に、イタリアでははじめて一般人向けのレストランが開業した。給仕をするのも料理をするのも受刑者である。現在イタリアには、トリノのヴァッレッテ刑務所内にも同様のレストランが開業している。

ミラノの刑務所内にあるこのレストランは、その名もずばり「檻の中 ( InGalera ) http://www.ingalera.it/」という。トリノのほうは、「自由食堂 ( Liberamensa ) http://www.liberamensa.org/」。

世界でも類を見ないこのレストランは話題となり、ニューヨーク・タイムズも記者を送ってきた。ニューヨーク・タイムズの記事では、「訪れる価値のあるレストラン」という評価が与えられた。ちなみに、日本の京都大学からは犯罪学専門の教授がこのレストランを見学に訪れたそうだ。

 

レストランの開店は正午。テーブルに布かれた紙のランチョンマットには、アルカトラズ島や英国のドーチェスター、チェコのブルノにあるシュベルベルク、イタリアのサン・ヴィットーレなど世界的に有名な監獄の写真がプリントアウトされているのだそうだ。そんなところにも、そこはかとないユーモアが漂う。木製のテーブル、白い椅子、簡素で気取ったところのないレストランだが、刑務所内にあるという陰湿さもなく清潔感があふれている。

昼食は、日替わりメニューで12ユーロ、夕食は一週間前からの予約が必要でアラカルト・メニューとなる。

 

このレストランを構想し名付け親となったシルヴィア・ポッレリ女史はこう語る。

「毎日、だいたい100人ほどのお客さんがレストランに食事をしに刑務所にやってきます。刑務所のほうから、一般人を刑務所内に招くというあり方は、画期的だと思います。それまでは、刑務所が一般社会になにかを乞うというのが普通でした。私たちは逆に、一般社会に対して刑務所のほうから働きかけ、社会になにかを提供したかったのです。受刑やたち自身は、このような活動を行うことで、自分は犯を犯した‘怪物’なのではなく、普通の人間なのだと実感しているのです。文化を学び、生産活動を行うことは、人間にとって喜び以外のなにものでもありませんから」。

 

イギリスのカーディフの刑務所でも、同じように一般人を招いて食事を振る舞う習慣があるが、それはあくまでもチャリティーの一端だ。それに対し、イタリアの刑務所のレストランは、働く受刑者すべてにきちんと給料が支払われている。

 

レストラン「檻の中」で働く受刑者には、ルーマニア人、エクアドル人、モロッコ人など外国人も多い。それぞれ、強盗罪、薬物中毒、傷害罪などの罪状で収監された。刑務所内で一から勉強し、このレストランに職を得ている。

 

食事を終えると、客たちはレストランを去っていく。レストランで働く受刑者たちは、閉店し片付けが終わると、それぞれの独房に戻る。いつか、彼らも檻の外に出ることを夢見て、レストランと独房の行き来をしているに違いない。

 

罪を憎んで人を憎まず

私は日本のデパートの催事場で定期的に開かれていた、受刑者たちの生産した家具展は知っている。

デパートの一角を借り切った展示場であるのに、やはりそこはなにかに遠慮をするかのように暗いトーンで占められていたのを思い出す。私はなにも、罪を犯した人が大きな顔をしろ、とけしかけているのではない。しかし、罪を犯した人が作り出した商品まで、暗い顔をする必要はないと思う。まして、その商品が一流品として専門家たちをもうならせるデキであるのならば。

 

食べ物だけではない。

女性受刑者たちが生産した布小物のブランドからは、先日地震と大雪に襲われた中部イタリアの街の人々に、50枚のマフラーが贈られた。

女性たちにとって、暗い刑務所内でポップな色合いの布や小物を手にし、自らの手で制作し、それが立派に世に出て行く経緯を目にするのは、これまた明るい将来を見るきっかけとなるのではないだろうか。

 

参照元

http://www.repubblica.it/sapori/2017/01/25/news/appello_a_chef_usate_prodotti_realizzati_in_carcere-156821091/

http://www.ilfattoquotidiano.it/2016/11/07/feedhome-a-torino-il-primo-negozio-dedicato-ai-prodotti-made-in-carcere-dimostra-la-forza-riabilitativa-del-lavoro/3172146/

http://bologna.repubblica.it/cronaca/2016/04/26/news/bologna_i_detenuti_diventano_agricoltori-138526987/

http://www.repubblica.it/sapori/2017/01/04/news/lombardia_milano_recensione_ristorante_in_carcere_bollate-155330276/

http://www.ingalera.it/

http://trentinocorrierealpi.gelocal.it/trento/cronaca/2017/01/23/news/la-birra-all-aroma-di-zafferano-bio-coltivato-in-carcere-1.14759164?refresh_ce

http://www.lifegate.it/persone/stile-di-vita/cangiari-moda-etica

http://www.gamberorosso.it/en/food/1023939-cibo-agricolo-libero-il-carcere-di-rebibbia-diventa-caseificio