今回は、酵素についてみてみよう。酵素は遺伝子によって設計されるタンパク質でできた機械・装置の総称であり、エネルギー生産、不要物リサイクル、廃棄物処理、資源の輸出入、外界の状況を把握するためのアンテナ、外敵に対する攻撃・防御、損傷個所修復・・・数え上げればきりがない多種多様な役割を担っている。

さらに、温度やpHなどの外部環境の変化に応答し、細胞(生物)が死なないように生き続けられるように、応答できるのも酵素があればこそである。しかし、いったい酵素は、どのように機能することで、複雑で難しく、臨機応変な対応が必要とされる任務をこなしているのだろうか。

 

酵素の働き方

タンパク質でできている酵素は凸凹とした三次元立体の構造をしている。その凸も凹や酵素の形は、アミノ酸の配列で決まるので、酵素ごとに異なるオリジナルの形をしている。さて、酵素はよく鍵穴にたとえられるが、それは、この凹のところに物質がはまり込むことで、酵素が「動く」からだ。酵素は、凹のところに、物質がはまり込むと、かちりと形を微妙に変える。その形状変化によって、はまり込んだ物質を分解したり、あるいは別の物質とくっつけたりする。これが、一つの酵素ができる事の全てである。

それだけ?と思うかもしれないが、実は・・・それだけだ。さらに言えば、一つの酵素は基本的には一つの働きしかできない。何故ならば、はまり込む物質は凹にぴったりはまらないとダメなので、たった一種類に限定されるからだ。そして、はまり込んだことによって起こる形状変化も予め決められた一種類の変化だけだ。こんな、融通も応用も聞かなさそうな酵素が、どうやって複雑で難しい任務をこなしているのだろうか。

 

出典:wikipedia
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酵素反応システム

それは、生物内の各種の反応が一つの酵素ではなく、複数の酵素の反応を組み合わせて構築されているからだ。人間だって、一つの力は小さくとも何人もの人が役割分担をして共同作業をすることで、万里の長城を築いたり、宇宙へ飛び出したりと偉大なことを成し遂げてきた。酵素の反応系も同じだ。一つの作用が次の作用のきっかけになり、さらに次の作用へとつながっていくという、作用系が構築されており、結果として複雑で難しい反応が可能にしている。

さらに、この反応系の凄いところは、系の種類によってはフィードバック機能が備わっているということだ。外部からの刺激などにより酵素反応システムが稼働すると、結果として必然的に内部の環境も変化する。外部環境の変化だけではなく内部環境の変化にも応答できなければ、必要量以上に物質を生成して無駄にしてしまったり、時に過剰に生成した物質によって細胞(生物)の正常性が損われる危険性がある。

そこで、反応系の過程あるいは結果で生じた生成物が、系の上流の酵素の働きを阻害することによって、反応の速度を緩めたり止めたりするという、フィードバック機能があるのだ。さらには、このフィードバック機能を応用して緊急事態対応のための反応加速システムや、少しの刺激を増幅するシステム、別の系路を合わせて稼働させるシステムなど酵素反応系は生物の生き続けさせるために必要なだけ、複雑に絡み合って構築されている。

 

生物は酵素「群」を使い、反応系を構築することによって、その構造が正常な状態に保たれるようにしている。刻一刻と変化する外部環境そして、自らの生命活動の結果生じる、内部環境の変化に適切に対応し、構造が損なわれないよう、壊れないように、生命活動に必要な反応を担うのが酵素の機能だ。

 

酵素がない生物(or細胞)、はありえるのか

これは、実は両方ともありえるのだ。酵素の無い細胞の代表例は、前回あげた赤血球だ。赤血球の中にはヘモグロビンという鉄を中心にもつタンパク質化合物が入っているが、実はこれはタンパク質ではあっても、酵素といわない。何故ならば、酸素と強く結合する性質はあるものの、別に酸素を分解したり、酸素と他の物質をくっつけたりするといった、反応を起こしているわけではないからだ。ただ、遺伝子のない細胞のところで説明したように、これも赤血球が生物なのか、というと間違いなく生物の一部ではあるがそれ一つで生物であるとは言えない。多細胞生物において細胞それぞれが役目に応じて機能を特化した結果なのだ。

 

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photo by Ed Uthman

 

次に酵素の無い生物だが、これはウィルスを生物の枠組みに入れれば、存在するといえる。ウィルスはタンパク質でできた殻の中にDNAやRNAなどの遺伝子だけが入った構造をしている。基本的には自前の酵素は持たず、別の細胞に寄生して、寄生先の細胞の酵素を使って自分のニーズを満足させているのだ。

つまり、酵素を持たない細胞も生物もいる。

ただし、酵素を使わない生物はいない。酵素を持たないウィルスは、自分で持っていないだけで宿主細胞の酵素を勝手に使っているのだから。

これは、地球上でもっとも便利で、応用がきいて、使い勝手のいい素材がタンパク質であるからだ。目の前に木材しかなければ、それで家を、生活に必要な器具、装置を作るだろう。それと同じことだ。つまり、タンパク質が素材として機能しない環境では、酵素ではなく、別の仕組みで生きている生物がいても、実は不思議ではないのだ。