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※この記事は特集「世界には輪郭なんてない」の記事です。

ちょうどこの11月、私のオーストリアの滞在許可の期限が「永久」に切り替わった。

 

滞在許可更新の際、役所の係員が書類の「Unbegrenzt」(期限なし)の欄にチェックを入れるのを見たときの、何とも言えない気持ちはちょっと説明するのが難しい。

単に「嬉しい」というのとは異なる、「ずいぶん遠くまできちゃったな」的な不思議な感慨。

 

「地球に国境はなかった」なんて美しい宇宙飛行士の言葉はあるけれど、外国人として海外に生きていれば、その「国境」という名の見えざる壁が、目の前に立ちはだかることは日常茶飯事である。

 

こんなもん無ければ良いのに。

悔しい思いをする度にそう願ったことは何度もある。でも、実際境界(ドイツ語ではGrenze(グレンツェ)という)がなかったらどうだろう。

 

そこにあるのは、融和された理想郷だろうか、それとも混沌の世界だろうか。

 

 

今回は、ちょっぴり複雑で深刻な「境界線」のお話。

 

 

シェンゲン。行き来が自由な国境

 

四方を海に囲まれた日本と異なり、オーストリアはなんと8つの国と隣接している。

オーストリアも隣国の8か国も、すべてがシェンゲンという協定に加盟しているため、国境を超える際には入国審査がない。

チェコやスロヴァキアに至っては、車で「ちょっとそこまでお買い物」感覚で行けてしまうほど近いため、うっかりパスポートを忘れて海外旅行できてしまう環境がここにはある。

 

現在シェンゲン協定加盟国は26か国。1990年、「欧州の統合」の理念を体現するとして生まれたシェンゲン協定は、加盟国間の人の自由な行き来を実現した。

 

このシェンゲン協定、仕事で国境を跨ぐ機会の多い私たち音楽家にとって、とてもありがたいものである。

 

通常、陸路で国境を超える場合、入国審査のため国境付近では大きな渋滞が起こる。

でもシェンゲン圏内の国の行き来は、実にスムーズだ。いつ国境を越えたのか気付かないことすらあるほどである。

道路の看板の文字がいつの間にかドイツ語でなくなっていたり、携帯電話がローミングサービスに切り替わっていたりするのを目にして、ようやく国境を越えたんだな、と気付くレベルだったりする。

国境に阻まれることなく、自由に人が行き来できることができるが嬉しいのは、もちろん音楽家だけでない。

旅行者だって、気軽にたくさんの国を跨いで旅行できるようになる。欧州には毎日国境を越えて通勤している人もいるし、毎日国境を越えて物資を運搬する運送業者だって存在する。そういう人たちにとって、入国審査がないことは大きな助けだ。

 

もしもシェンゲンが崩壊する、などという事態になって、再び全ての国境線で入国審査が行われることになれば、経済的な被害は甚大になるだろう。日本の全ての県境で、身分証を提示する入県検査が行われることになったら、と想像してもらえたら、その感覚がなんとなく掴めるのではないかと思う。

 

境界線のない世界は素晴らしい。無邪気にそう言いきることができればどんなにいいかと思う。

 

でも、現在このシェンゲン協定の前には暗雲が立ち込めてきている。

 

 

テロや戦争を恐れるオーストリアの若者たち

 

ヨーロッパの18歳から34歳までの若い世代を対象に行われる“Generation What?“というアンケートプロジェクトがある。

オーストリア国営放送によるもので、オーストリアでは、ほぼ9万人が回答している大きなプロジェクトだ。

 

このアンケートで、「あなたが最も恐れているものは何か」という質問に対し、1位が「近親者の死」、2位が「テロ」、3位が「戦争」という結果が出た。

 

オーストリアではテロは起こったことがない。

それでも、オーストリアの人々の心にも確実にテロに対する不安が潜んでいることが、このアンケートの結果から見て取れる。少し興味深いのは、最近実際に凄惨なテロが起こったフランスよりも、オーストリア人の方がテロに対する不安が大きいという結果が出たということだ。

 

11月の下旬から、12月のクリスマスにかけて、ウィーン市内のあちこちで夢のように美しいクリスマーケットが開かれる。寒さに震えながらホットワインを飲むのがクリスマスマーケットの醍醐味なので、毎年この時期になると、私も友人たちとマーケットに繰り出して、キーンと寒い冬を満喫する。

 

しかし、それも昨年くらいから少し雰囲気が変わった。

「クリスマスマーケットに遊びに行こうよ。」と誘うと、「人の多く集まる場所は、ちょっと怖いな、、。市内じゃなくて郊外のマーケットに行かない?」なんて答えが返ってくることがあるのである。

 

クリスマスマーケットだけではなく、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのような、世界から注目されるような人の集まるイベントも、より一層の警備が行われるようになった。テロが発生した時を想定しての、警察の訓練などが日ごろ行われているというニュースも目にする。

 

オーストリア人たちが特にテロに対して神経質なのだとは思わない。単に周辺国で起きている事件が、対岸の火事と言えない状態なのだ。

 

シェンゲン圏の国境では入国審査がない。それはつまり、テロリストや武器の行き来もシェンゲン圏内では自由にできてしまうということなのである。