スクリーンショット 2016-01-10 14

photo by NIAID

 

細菌やウィルスなどの病原から私たちの健康を守ってくれる免疫システムの一つ、抗体。花粉症やアレルギーの原因として耳にしたことがある人は、少し悪い印象を持っているかもしれません。しかし、抗体があるからこそ、多種多様な病原に負けず、新種の病原に対しても臨機応変に対応し、私たちは健康に過ごせるのです。ところで、体の内側で私たちの健康を守っている抗体ですが、最近では体の中から飛び出して、体の外側からも、私たちの生活と健康を守ってくれているのをご存知でしょうか。

 

抗体と抗原

なんだか凄そうな抗体ですが、そもそも抗体とは何なのでしょうか。抗体はY字型をしている小さなタンパク質です。食べ物?と思うかもしれませんが、私たちが道具を作るときにプラスチックや鉄などを材料として使うように、生体内では生命活動に必要な様々な道具をタンパク質で作っています。タンパク質は21種類あるアミノ酸という小さなブロックからできおり、ブロックの並べ方次第では複雑多様な立体構造をつくれるので、非常に優秀な材料として生体内では重宝されているのです。

さて、抗体に話を戻しますが、抗体のY字のVの先端はそれぞれ“ソケット”のようになっています。この“ソケット”は、くっつく先に合わせてデザインされた凸凹とした複雑な形をしており、抗体はこの“ソケット”がぴったりはまる場所にくっつくといった性質を持っています。つまり、抗体は、“一つの抗体は一つのくっつき先にのみにくっつく”という特異性と、ソケットのデザインを変えることで、“多種多様な病原や新しい病原にくっつける”といった普遍性を兼ね備えています。

 

抗体の構造(サイエンティスト・ライブラリー)httpwww.brh.co.jps_library

出典:http://brh.co.jp/s_library/

 

次にくっつかれる側(抗原)を見てみましょう。抗原もまた抗体同様、くっつかれる部分はタンパク質でできおり特別な立体構造をしています。例えば、食品アレルギーでは食品に含まれるタンパク質が抗原です。もう少し複雑な構造を持つ細菌や細胞では、体表面に飛び出ているタンパク質が抗原になります。

飛び出ているタンパク質と聞いて、不思議に思うかもしれませんが、細菌や細胞を包んでいる細胞膜はつるんとした風船のようなものではなく、内側と外側で栄養のやりとりをするためのゲートや外界を認識するためセンサー、あるいは移動するためのパドルのようなものが飛び出ているのです。このゲートやアンテナ、パドルはタンパク質でできており、細胞や細菌によって共通のものもあれば、種特有のものもありますが、人の体は、攻撃したい病原だけが持っているゲートなどに対して抗体のソケット部分をデザインすることで、その病原に対する免疫を獲得しています。

ここまでで、「なんだ、くっつくだけか」と思うかもしれません。確かに抗体そのものには攻撃力はありません。しかし、抗体は“決まった抗原にだけくっつく”ことで、担当の外敵が侵入した際、素早く侵入を発見し、免疫システムの中でも攻撃力のある同僚(マクロファージなど)に知らせるとともに、抗原が悪さをしないように、くっつき虫のごとくくっつき、足止めをするという重要な役割を担っているのです。

 

抗体をつかう

さて、このようなくっつき虫抗体ですが、バイオテクノロジーの分野でも有用なツールとして役立っています。その代表が、ある特定のタンパク質を検出する「ウェスタンブロッティング」と呼ばれる方法です。

研究では生体内で起こる様々な現象を理解するために、現象を引き起こすために使われる道具(タンパク質)を調べることがよくあります。ところが、細胞の中身を調べようと中身を取り出しても、細胞の中にあるタンパク質は一種類ではないので、いろいろなタンパク質の道具が入り混じったスープのようになってしまいます。これでは、目的のタンパク質があるかどうかはわかりません。そこで、くっつき虫抗体を使った「ウェスタンブロッティング」によって、タンパク質のスープの中から目的のタンパク質を見つけ出すのです。手順は大きく2段階にわかれます。

 

2-1

出典:http://www.atto.co.jp/technical_info/electrophoresis/2delectrophoresis

 

第1段階として、スープの具であるタンパク質を大まかに分類して並べることから始めます。これは電気泳動と呼ばれる手法で、タンパク質が種類ごとに重さや大きさが異なることを利用します。まず、マイナスの電荷をもったSDSという物質をタンパク質にくっつけます。次に片側マイナス、反対側がプラスに帯電させた板(ゲルという)を用意し、マイナス側にタンパク質のスープを乗せます。すると、SDSによってマイナスに荷電しているタンパク質はプラス側へとゆるゆると移動するのです。移動速度はタンパク質の大きさや重さに依存するので、いい頃合いで移動を止めれば、重さや大きさによって分類することが出来ます。

そして第2段階、いよいよ抗体の出番です。第1段階で分離したタンパク質に、目的のタンパク質にくっつく抗体の溶液を反応させます。抗体がくっつけば、そのバンドに目的のタンパク質が存在していることがわかりますし、くっついているところを切り出して、様々な解析を行うこともできます。

 

抗体はわたしたちの生活を守っている

タンパク質の検出という話に難しい研究をしている研究者だけが使う技術のように思えてしまうかもしれませんが、実は、ウェスタンブロッティングは研究だけではなく、私たちの生活を守るためにも活用されています。例えば狂牛病の検査。ブロックのお肉を見ただけでは、その牛が病気だったのかわかりません。しかし、狂牛病の牛だけが持っているタンパク質にくっつく抗体を使えば、ウェスタンブロッティングによって狂牛病に感染していたか否か判断ができます。あるいは、ある病気にかかると人体内で特別なタンパク質が生成されることが分かったとしましょう。すると、その病気の検出に利用することができます。このように抗体は、私たちの体の外側でも私たちの生活を守ってくれているのです。

さらに、近年では、抗体を薬に使う研究も進んでいます。体内で毒を出している細胞の毒排出ポンプにくっついて、毒の排出を抑えてしまう抗体薬や、予め抗体のお尻の部分に薬をくっつけておき、悪い部分だけを攻撃するようにデザインした抗体薬など、病気の部分にだけ作用する、効率的で副作用が少ない夢のような薬です。しかし一方で、抗体医薬品は作成に手間と時間がかかるために、大変に貴重で高価である、といった問題を抱えています。

 

抗体のつくりかた

それでは体の外では、抗体はどのように作られるのでしょうか。一番簡単な方法は抗原となるタンパク質を動物に注射し、その動物の体内で抗体を作らせ取り出す方法です。けれど、この方法では、取り出した抗体は目的の抗原にくっつく抗体と、その他の抗原にくっつく抗体の混じり物です。これでは、精密な実験には不適ですし、薬としては使えません。

それでは、目的のタンパク質にだけくっつく抗体はどのように作るのでしょうか。工程は4段階に分かれます。

1.出だしは簡単な方法と同じで、動物に抗原となるタンパク質を注射します。

2.次に動物から抗体を作り出す細胞を取り出します。生体内では抗体はB細胞という細胞で作られています。B細胞は一種類の抗体だけを生産するので、取り出したB細胞はそれぞれ違う種類の抗体を作っています。目的の抗体を生産しているB細胞を見つける必要があります。

3.そこで、細胞1つでは分析できないので、B細胞を自己増殖する機能をもつ細胞と合体させ、同じ抗体を作るB細胞の集団を作ります。

4.あとは、ウェスタンブロッティングとは逆の発想で、抗原となるタンパク質を標識にして、目的の抗体を作っているB細胞集団を特定します。このB細胞集団が作った抗体をモノクローナル抗体といいます。

参考:http://chugai-pharm.info/bio/antibody/antibodyp12.html

 

このようにして、目的のタンパク質にだけくっつく抗体は作成されますが、“医薬品としての”モノクローナル抗体の作成にはさらに工夫が必要です。何故ならば、マウスなどの動物で作った抗体は、その動物由来のタンパク質でできているので、人体内で抗原として認識されてしまうからです。抗体が抗原になるなんて酷いジレンマですが、医薬品としての抗体を作成するには、人の抗体の攻撃を回避するために、人の抗体を作れるように特別に調整された動物やB細胞を使う必要があります。

このように、医薬品としてのモノクローナル抗体の作成には手間も時間もかかるので、抗体医薬品は貴重で高価なものとなってしまいます。

 

抗体テクノロジーのこれから

しかし、課題があればそれを解決するのが私たち人類です。近年では、ファージというウィルスを使ったモノクローナル抗体の生産方法も開発されています。これはファージの持つ遺伝子を書き換えて、ファージの身体の表面に抗体をアンテナのように作らせる方法で、コスト削減や、さらには、動物では免疫できない抗原に対する抗体作成などに期待が持てます。抗体を薬として使う技術はまだまだ研究途上ではありますが、それだけに可能性が大きな分野の一つなのです。

 

このように体の内側で私たちを守っている抗体は、今や私たちの体の外へ飛び出して、私たちの生活や健康を守るために活躍しています。

それにしても、研究者が頭を悩ませ、手間暇かけて、体の外側で再現しようとしている技術を、私たちの体は、いとも簡単に当たりまえのこととして実行しているのです。「わたし(の身体)、すごいじゃない」と、自分を褒めてあげたくなりませんか。