山梨県って、知ってますか。やっぱりご存じない。富士山が見える県ですよ。
海がある?それ静岡です。

そんな認識を長年払拭できない山梨の名産といえば桃、ぶどうに代表されるフルーツです。しかし一昨年の雪害、跡取りの不足など逆風がつきまとう現状は、山梨のフルーツ産業に暗い影を落としています。衰退か、繁栄か。揺れるフルーツ産業でぶどう作りに励む一人の若者がいました。

平賀フルーツランドで果物作りに勤しむ小林正裕さん。がっちりした体格、精悍で落ち着いた顔、人当たりのいい雰囲気。日々ひたむきにフルーツと向き合う彼に、フルーツ産業について伺ってみました。

 

バージョン 2
このままリンゴを握りつぶす握力がありそうな小林さん

 

-こんにちは。今日は忙しい中、取材に応じていただきありがとうございます。

 

いやいや。今はぶどうがオフシーズンだから暇だよ。週の半分は休みの時もあるし。雨降れば基本休み。

 

-え、じゃあほとんど無職じゃないですか。

 

(笑)仕事してるって。冬にもやることはちゃんとあるから。

 

-冬も作業があるんですね。そのあたりも追って聞かせていただきますので、よろしくお願いします。

 

敷かれたレールで決めたフルーツ農園就業

 

-そもそも農業に携わろうと決めたのはなぜですか。実家が農家とか。

 

いや、実家は中華料理屋。高校で進路を決めるときに父親と担任で三者面談したんだよ。父親からすでに山梨県内の農大への入学を勧められてて、その話をしたら担任の恩師も農大にいるとかで、流れのまま入学が決まるっていう。

 

-ほぼノリみたいな

 

ほぼノリみたいな。

 

-そんなアッサリした理由で農業の道に進むなんて、不安はなかったんですか。

 

それを言ったら進路を決めるのは行き先がどこだって不安だよ。結局就職するか、大学行くかの二択。社会に出る勇気もないし、どこかの大学でやりたいこと探す、ってよりも農業をするって決まった方が楽だし。

 

-裏口入学だし

 

裏口じゃないよ!まぁ推薦だったんで、特に苦労した覚えはないけどね。親戚に農大出身の人もいたから様子もある程度わかってて、早々と進路決まって気楽だったな

 

-そこから農大に行ったら、やっぱり農業浸けの毎日ですか

 

普通科目の授業もあったけど、だいたいね。一年目は寮生活。そこで副寮長なんて役職にも就いたし。

 

-なんで譲ったんですか、そこ?

 

別に寮長の座を譲ったわけじゃないって。勝手に選ばれたんだよ。昔からそういうの任されるんだけど、なんでだろうね。二年になったら、副会長もやったな。

 

-すごい!でも良かったですね。ちゃんと農業を仕事にできて。他の業種行ったら「あいつ副会長のくせに農業捨てたよ」とか陰口言われまくるじゃないですか。

 

言われるのかな(笑)でも役職なんて名ばかりでほとんどの仕事は会長がやってたから。会長、優秀だったなぁ。

 

-やっぱり無職だったんですね。ありがとうございました!

 

副会長として働いてたし今も働いてるって!勤め先も大学の就業研修で行った農園で、そのままスカウト。軽トラの中で「うち、来るか?」みたいな。運がいいのか、ちょうど自分が研修に行った年に農園を株式会社化するつもりだったらしく、福利厚生もバッチリ。

 

-わお。就職浪人が聞いたら怒り狂いそうな話。

 

かもね。自分の人生の中で履歴書書いたことないんだよ。勤め先も今年で8年。バイトもしたことないし。農業以外にできる仕事あるのかな、俺。

 

バージョン 2
農園で飼ってる鹿…ではなく仕事中に出会ったらしい。

 

ぶどう作りはセンスが命

 

-8年続くってことは、今の所ぶどう農家が肌に合ってるってとこですよね。どういう人がぶどう作りに向いてると思いますか。

 

それはよくわかんないなぁ。だって他の仕事にしたって同じでしょ。料理が得意だから料理を仕事にする。でもそれって料理を始めたから自分に合ってるかどうか判断できること。結局はじめてみるまで自分が続けられるからどうかなんてわかんなかったよ。

 

-なるほど。じゃあ逆に向いていない人は?

 

根性ない奴。根気がない奴。

 

-そこはハッキリ言うんですね。根拠はなんでしょう。

 

例えば摘粒っていう、ブドウの房が成長したら実を切って形を整える作業。実が多いと色付きや味にばらつきが出ちゃうから、これを延々と繰り返す。ノルマがあるから手は抜けないし、根気が必要。区画によっては作業が全く進まないんだ、これが。

 

-森林でいう間引き、みたいな

 

そうそう。でも木を切るのと違って体力とか力はいらない。農業って体力とかは二の次で精神的に同じ作業を続けられるかどうかにかかってるんだと思う。

 

-じゃあ単純作業が向いている人こそ農業に適任ってことですね。

 

そういうわけにはいかないんだな。ちょっと聞くけど整えたぶどうの房って、最終的にはどこに行くと思う?

 

-えっと、ホテルのルームサービスで届けられて、美女が艶めかしい唇で弄んでから頬張る。そのあと食道を通って…

 

そんな具体的じゃなくていいよ(笑)そう、お客さんのもとに行くんだよ。店頭に並んだブドウが二つあって、片方は形が整っていて綺麗な逆三角形。反対にもう片方は凸凹で隙間が多い。仮に実が同じ数でも綺麗な方選ぶでしょ。

 

-なるほど。僕も面食いだから気持ちはよくわかります。

 

だろう!だから摘粒にはセンスが必要。買ってもらえるような果物を作るのに、生産者がいろいろ手を加えてるんだよ。

 

-まさに果物界の就職コンサルタントですね。ユーキャンの通信講座で開設されないわけだ。

 

バージョン 2
同じ種類でもぶどうはそれぞれ違う顔を持つとのこと。恐ろしいぶどう愛。